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被爆国として核の恐ろしさ伝え続けたい

本当に伝えたいのは、骨組みをとどめた原爆ドームや、整備された平和記念公園ではない。普段と変わりなく営まれていた人びとの暮らしと命であり、それを一瞬で奪った核兵器の恐ろしさだ。73年前のきょう広島に、9日に長崎に米国が原爆を投下した。

あの日、何が起きたのか。被爆者本人が証言してきたが、年々減る被爆者に代わって体験や思いを語り継ぐ「伝承者」を広島市が養成している。その1期生の一人、宮本憲久さん(71)は、現在86歳の男性が13歳のときに目の当たりにした光景をよみがえらせる。「幽鬼の群れ」のようにむごたらしい被爆者たちのありさまだ。

「若い人たちに伝えることで、各地域の戦争体験を自分の問題として考える一歩としてほしい」と宮本さんは語る。広島市によると、被爆者本人を介さない伝承者を育てる予定はないという。惨禍の記憶を風化させてはいけない。

近年は原爆資料館を訪れる外国人が過去最多を更新し続け、資料館では英語で伝承講話を聞くこともできる。かたや、3年前の被爆70年に合わせてNHKが全国の20歳以上の男女を対象に実施した世論調査では、広島と長崎に原爆が投下された日付を正しく答えられた人は3割ほどしかいなかった。

2度の原爆でその年のうちに21万人が亡くなった。今なお後遺症に苦しむ被爆者もいる。知られていないと嘆くよりも、教えたり、伝えたりする場を増やすべきである。戦争が繰り返された近現代史の「考える歴史教育」は重要だ。

日本は唯一の戦争被爆国でありながら、安全保障で米国の「核の傘」に頼っている。政府は国連の核兵器禁止条約にも消極的だ。東西冷戦構造の下ではすませてこられた曖昧な立ち位置が、国際秩序の変化で浮き彫りになってきた。

核不拡散や核軍縮で日本は特別な役割がある。「核の傘」やアジアへの戦争責任の議論とは切り離し、核の恐ろしさについて国内外で発信を強めていくのが大事だ。

原爆投下後の広島を舞台にした「父と暮せば」(井上ひさしさん作)の一節がある。

「だから被害者意識からではなく、世界54億の人間の一人として、あの地獄を知っていながら、『知らないふり』をすることは、なににもまして罪深いことだと考えるから書くのである」。日本が果たしていくべき使命を、鎮魂の日にあらためて考えたい。

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