春秋

2018/8/3 1:13
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「女、帰れ」――。日本で初めて女性の医師となった荻野吟子は私立医学校に入学したころ、男たちから罵詈(ばり)雑言(ぞうごん)を投げかけられたという。吟子をモデルにした渡辺淳一さんの小説「花埋(はなうず)み」の一場面だ。明治初期、女性が医師になるのは世の想像を超えることだった。

▼それでも吟子は孤軍奮闘、ついに東京・湯島に医院を開く。女性は妊娠や出産で医者の職分を全うできないと、開業試験の受験さえ認めなかった役所を動かしたのである。そんな時代ははるか昔だと思っていたが、医学界の意識は19世紀なみらしい。東京医科大が女子受験生の点数を一律に減点し、合格者数を抑えていた。

▼女性は出産や子育てで離職する割合が高いから、合格者を増やすと系列病院の運営にも支障が出るというのが点数操作の動機だという。かつて吟子を拒んだのと同じ理屈がまかり通っているわけだ。女性が働きやすい制度や環境をつくるのが根本策なのに、女性医師の数を抑えることに躍起とは本末転倒の極みではないか。

▼この入学差別は汚職事件の捜査の過程で浮かび上がったようだが、ただ東京医科大だけの問題なのかどうか。女性の進出を阻むから職場の改革が進まず、それゆえにまた女性を排除する悪循環が見て取れるのだ。「女、帰れ」。医師をめざして猛勉強中の女子たちが、時代錯誤のこんな声にひるんで心を折らぬことを祈る。

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