2019年9月17日(火)

春秋

2018/7/21 1:20
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九州へ向かう夜行列車。すし詰めの車内は耐えがたく暑い。昭和30年代初めの夏の、汗だくの汽車旅だ。刑事2人は通路で夜を明かし、また夜が来て佐賀市に到着する――。こんなシーンで始まる野村芳太郎監督の「張込み」は、いま見ても緊迫感あふれる傑作である。

▼松本清張の短編を巧みに肉付けし、ドキュメンタリー風の物語に仕立てたのは橋本忍さんだった。すでに黒沢明監督とのコンビで知られていた名脚本家は、この作品から「清張映画」の立役者ともなった。やはり野村監督と組んだ1974年の「砂の器」では、自らプロダクションをつくって斬新な表現を世に問うている。

▼「羅生門」「七人の侍」など黒沢映画の名だたる作品から、観客をたっぷり楽しませたプログラムピクチャーの数々まで、生涯に90本に及ぶシナリオを送り出した橋本さんが100歳で亡くなった。膨大なフィルモグラフィーは戦後日本映画の歴史そのものである。ともに仕事をした監督や俳優たちの、なんと多彩な顔ぶれか。

▼橋本さんは若いころに胸を病み、療養所で初めてシナリオなるものを知った。曲折を経てデビューを果たし、以後約70年、挑戦を重ねた人生だ。かの「張込み」はオープニングからタイトルが出るまでじつに12分。「さあ、張り込みだ」の声でドラマが始まる。不屈の人も最期まで、さあ、の意気を抱き続けていただろう。

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