春秋
およそ偉人の名を冠した記念館のたぐいで、これほどモノのない場所は珍しい。金沢市の鈴木大拙館である。世界的な仏教学者として知られ、著作も数多い。しかし、モダンな建物内には書斎での写真や自筆の書が点々と配され、来訪者は意外の感を持つかもしれない。
▼ほの暗い通路から、明るく広々とした人工池のほとりに出ると、誰の足も止まる。「水鏡の庭」という。まわりの木々の緑が映えるみなもでは数分に一度、魚がはねたような音がして波紋が広がり、やがては消えてしまう。ひたすら見入っているヒゲもじゃの若者も、タンクトップの女性2人も海外からの旅行客のようだ。
▼2011年秋に開館、昨年末までに30万人が訪れた。今も年7万人ペースの来館者があり、4割は海外からという。SNS(交流サイト)などで評判になっているらしい。「長い時間、滞在されるのはたいてい外国の方」と館の人が教えてくれた。確かに、ここには自国第一主義の遠ぼえも貿易をめぐるきしみも届かない。
▼水や風の音を耳にし、自分を包むゆったりとした時間と向き合うとき、国や宗派を超え、感じ取れる何かがあるのだろう。折しも12日は大拙の命日。館に近い生誕地では胸像への献花があった。ノーベル平和賞の候補にも名があがった「東西のかけ橋」は自らの思いの広がりを、長い眉で控えめに誇っているように見えた。
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