宮沢賢治をもう一度 ゆかりの作品、相次ぎ刊行

童話作家・詩人の宮沢賢治(1896~1933年)に再び光が当たっている。小説のモチーフになったり、現代の課題を解くヒントとして読み直されたり。その深遠さと先進性が注目を集める。
同時代の目から
「上京した多くの文学者が(作家で詩人の)佐藤春夫のもとに集まったのに対し、宮沢賢治は他人と違うものを目指していたのか、そうはしなかった。でも実際の交流はともかく、同時代の人々に語ってもらうことで、これまでと違う作品の読み方ができるのではないかと考えた」

昨年8月に小説「銀河の通信所」(河出書房新社)を刊行した作家の長野まゆみはそう話す。「故人の意識をとらえる通信システム」を通じて、作家の稲垣足穂、内田百●(もんがまえに月)、詩人の北原白秋とおぼしき人々や、詩集「春と修羅」に出てくる「元岩根橋発電所技師 ガルバノスキー氏」ら作品の登場人物が賢治について語るとの設定だ。
その後も季刊文芸誌「文芸」(同)の昨年秋号に小説「[新説 銀河鉄道の夜]カムパネルラの恋」を発表。詩人の中原中也を思わせる「中原宙也」へのインタビューという形で、「銀河鉄道の夜」における作者の分身はジョバンニではなく、親友のカムパネルラであるとの見方を示した。
しかもそこには賢治の恋愛体験が反映されているとみる。それに基づく小説「カムパネルラ版 銀河鉄道の夜」を「文芸」今年夏号から連載中。「賢治の作品は様々な読み方ができる。いくらでも登山口がある山のようなもので、頂上でも麓でも楽しめます」と長野。
「国際人」として

4月に刊行された鳴神響一の長編小説「謎ニモマケズ」(祥伝社文庫)は賢治が国際謀略に立ち向かうという設定の冒険活劇だ。
岩手・花巻の正教会でロシア語を教えてもらっている司祭が殺された事件に巻き込まれた賢治。その後、鉱物調査のために出かけた遠野市で民俗学者の柳田国男やロシアの公爵令嬢エルマらと知り合う。しかし、司祭を殺した男によってエルマは誘拐され、賢治たちはその後を追いかける。
「エスペラント語に関心を持ち、ストラヴィンスキーの音楽を聴いていた賢治は当時としてはかなりの国際人。親交のあった(作家で民俗学者の)佐々木喜善の遠野の自宅には、ロシア出身の言語学者ネフスキーも滞在している。国際謀略に巻き込まれても不思議ではない」と鳴神は言う。

文化人類学者の今福龍太は月刊文芸誌「新潮」(新潮社)の昨年10月号から、評論エッセー「新しい宮沢賢治」を隔月で連載中。「今春から道徳が新しい教科になったが、人間の心や倫理に関わる問題を権威として教えていいのかという懸念がある。それを考えるのであれば、むしろ賢治の作品を媒介にすべきではないか」と今福は説明する。
第5回「愚者たちの希望」では「雨ニモマケズ」に登場する「デクノボー」を取り上げ、童話「虔十公園林」など「多くのデクノボー的な存在を造形」したとする。さらにドイツの哲学者ベンヤミンが作家カフカを批評する中で語った「誰かを助けるためには、人は愚か者でなければならない」との言葉に着目、賢治の思想との共通性をみる。
今福は「賢治作品はヒューマニティーとの関わりで論じられることが多いが、それだけにはとどまらない」と述べ、多様な読みを提供する考えだ。30日には東京・神楽坂のラカグで今福と長野の対談「21世紀の宮沢賢治」が開かれる。
他にも今年直木賞を受賞した門井慶喜「銀河鉄道の父」は賢治と父・政次郎の関係を描いたものだし、芥川賞受賞作の若竹千佐子「おらおらでひとりいぐも」も題名は賢治の詩「永訣(えいけつ)の朝」に基づく。賢治作品は時代を超え、くめども尽きぬ創作の泉であり続ける。
(編集委員 中野稔)
[日本経済新聞夕刊2018年5月29日付]
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