特攻隊として9回出撃し、すべて生還した青年パイロットが日本陸軍にいた。作家の鴻上尚史さんが著書「不死身の特攻兵」で青年と周囲の人々を紹介する。皆が後に続くよう最初の隊は優秀な人が集められた。血のにじむ訓練は何だったのか。隊員らは不満に思った。
▼正式な隊を編成せず個人で参加する点にひっかかる人もいた。建前は志願制の特攻だが実態は程遠い。爆弾だけを落とし生還する青年は露骨に「次こそ死ね」と言われるが、理不尽な作戦への抵抗を続ける。「21歳の若者が、絶対的な権力を持つ上官の命令に背いて生き延びたのはどんなに凄(すご)いことか」と鴻上さんは記す。
▼大学の運動部でボールを追う技を磨いた若者が「相手をつぶせ」と命じられた。練習を干し自ら反則するよう大人が追い込んだ節もある。外回りの女性たちが取引先や顧客の男性から尊厳を傷つけられる。「セクハラは拒んでいいが成績は上げろ」と言う上司は、嫌がらせは自己責任で甘受しろと暗に促しているに等しい。
▼スポーツや女性の問題ばかり騒いでいる場合か、との声も聞く。しかし人々の関心は高い。面白おかしい醜聞というより、私たちの国が宿(しゅく)痾(あ)のごとく抱える課題の象徴と受けとめられているからではないか。鴻上さんの本はビジネス街でよく売れている。組織との摩擦に悩む中高年男性に読まれていると担当編集者は語る。