放射線リスク どう伝える 産学官で消費者と対話を
Earth新潮流
東京電力福島第1原子力発電所の事故から7年がたったが、福島県産の農作物の販売不振や同県を訪ねる観光客の伸び悩みが続いている。政府はこれらを風評被害とみなし、払拭に向け総合的な対策に乗り出した。だが国民への一方的な情報提供にとどまり、効果は見えてこない。放射線のリスクをどう伝えるか。学界や産業界も交え、消費者と双方向の意見交換が欠かせない。

「100ミリ~200ミリシーベルトの被ばくの場合、発がんリスクの増加は野菜不足や塩分のとりすぎと同じくらいです」
「福島第1原発事故の放射線で、周辺の人々の健康に影響が出たとは証明されていません」
復興庁が3月末に作ったパンフレット「放射線のホント」にはこんな説明文が並ぶ。本文は30ページで、放射線に詳しい早野龍五・東京大学名誉教授ら有識者の意見を聞いて作った。約2000部を公的機関などに配るほか、電子版を作製しインターネットでも配信を始めた。
冊子づくりは、政府が昨年12月に決めた総合対策「風評払拭・リスクコミュニケーション(リスコミ)強化戦略」の第1弾にあたる。
福島県産の農作物の販売不振は原発事故直後から続き、特産のモモや肉用牛の出荷価格は全国平均を下回ったままだ。消費者調査でも「福島県産の食品の購入を避ける」とした人が2017年2月時点で15%に達する。
観光でも同県に17年に宿泊した外国人は震災前水準まで戻ったものの、近隣の青森県や岩手県が2~4倍に増えたのに比べ出遅れている。
そこでリスコミ戦略では「知ってもらう」「食べてもらう」「来てもらう」の3つの柱を掲げた。冊子に続き、農産物の試食や旅行の機会なども増やす計画だ。
ただ、これらが効果をあげるかは見通せない。
アンケート調査によれば、福島県産の食品や同県への旅行を避けている人は「放射線が少しでも検出されれば購入などを避けたい」と答える人が多い。いわばゼロリスクを求める人々だ。
一方で、政府の情報発信は「リスクは存在するが十分に小さい」とし、その許容を求める立場。ゼロリスクを求める人との隔たりは大きい。
この溝をどう埋めるのか。リスクコミュニケーションの専門家は「一方通行ではなく、双方向の対話が欠かせない」と口をそろえる。
参考になりそうな手法のひとつが「討論型世論調査」だ。回答者の意見を一方的に聞くだけの通常の調査と違い、回答者に小集団での討論や専門家との質疑応答に加わってもらう。その上で再び意見を聞き、考えが変わるか探る。世論が分かれる問題で論点が明確になりやすいとされる。
旧民主党政権時代の12年、エネルギー政策を検討する際に活用した例がある。安倍政権は「前政権と同じ手法は使いたくない」と消極的だが、検討すべきだろう。
学界や産業界が果たすべき役割も大きい。
リスクをどこまで許容できるかは、感染症の予防接種や化学物質の健康影響などをめぐっても議論になってきた。
例えば予防接種は多くの人の発病を防ぎ社会に利益をもたらす半面、一部で副作用が生じることがある。欧米では医薬・化学品企業などが前に出てリスクを説明し、社会全体でコンセンサスをつくるのに役立ってきた。
一方、日本では政府が決めた除染目標をめぐり日本学術会議や経団連が注文をつけたことがあったが、放射線リスクの説明では学界、産業界とも消極的だ。まず政府が音頭を取り、学界や産業界の代表、消費者が双方向で意見交換する場づくりから始めたらどうか。
(編集委員 久保田啓介)
[日経産業新聞2018年4月27日付]