春秋

2018/3/30 1:08
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戦前と戦後。近現代史のなかで2つの時代はくっきり分かれている。言論の自由や人権が制限され、国家が威張っていた「戦前」は1945年の敗戦で終わり、新しい価値観の「戦後」が始まった――。およそこんなイメージだが、じつはそこに大きな落とし穴が潜む。

▼「この法律は、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに……」。冒頭からただならぬ言葉が連なる条文は、けっして戦前のものではない。戦後3年たって制定された優生保護法の第1条だ。ルーツは戦前の国民優生法にある。とはいえ猛威をふるったのは戦後版のほうで、対象にされる人も広がっていった。

▼不妊手術を強制された障害者は1万6千人を超え、災いはハンセン病患者にも及んだ。旧厚生省はこれをひたすら容認し、法律は96年まで存続した。わずか22年前、平成の世まで条文は生き永らえたのだ。それがいまようやく、宮城県の60代の女性が起こした損害賠償請求訴訟によって、司法の場で問われようとしている。

▼仙台地裁での口頭弁論で、国はなおも争う姿勢を示した。救済に向けた政治的な動きをにらんで最小限の主張にとどめたようだが、かつて同様の過ちを犯したドイツなどは被害者への補償や謝罪に踏み切っている。この理不尽を正すのに、もはや一刻の猶予もならぬはずだ。もうひとつの戦後を、直視しなければならない。

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