春秋

2018/2/11 1:09
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亡くなった石牟礼道子さんに最後に会ったのは、一昨年の残暑厳しい折。熊本市の高齢者用の施設を汗だくで訪ねると「雨が降っているの?」と目を丸くした。その表情が印象に残る。発売直後の「苦海浄土 全三部」を指し「ここの所長さんにもあげたの」と笑った。

▼編集者として長年ともに歩んだ評論家の渡辺京二さんによると、著名な作家らも面会にきたという。玄関に入るや「石牟礼さんと一つ屋根の下にいるだけで興奮します」と話す人もいたようだ。同業からも神格化される作風だが、本人は「三部作は我が民族の受難史と受け止められるかもしれないが」とやんわり否定する。

▼自分が描きたかったのは「海浜の民の生き方の純度と馥郁(ふくいく)たる魂の香りである」。すでに水俣病の公式発見から50年近くがたっていた2004年、そう書き残している。患者らの中には「もう何もかも、チッソも、許すという気持ちになった」「チッソの人の心も救われん限り、我々も救われん」と語った人もいたという。

▼「人を憎めば我が身はさらに地獄ぞ」。石牟礼さんは患者のこんな言葉も書き留めている。近代文明の「業(ごう)」の犠牲となった漁民らは苦しみ、戦い、そして最後はゆるすまでに至った。その過程に人間の気高さがあらわれている。憎悪や分断に常にさらされる世界で「生き方の純度」や「魂の香り」の意味を問い続けたい。

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