2018年1月22日(月)

春秋

春秋
2018/1/3付
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 ちょうど100年前。第1次世界大戦さなかの大正7年(1918年)の新年、永井荷風は日記「断腸亭日乗」にこう記した。「正月元日。例によつて為す事もなし」「正月三日。灯下に粥(かゆ)を煮、葡萄(ぶどう)酒二三杯を傾け暖を取りて後机に対す」。すがすがしいほど孤独だ。

▼年賀にも出向かず、来客も少ない。荷風は当時38歳だ。が、すでに「余生」という言葉を好んで使う。今風に言えば、日記の中で「老人キャラ」というもうひとりの自己を立ち上げ、孤高を演じ、楽しんでいるように見える。交流サイトで日常の充実度を競う若者と正反対だが、仮装する心理は案外似ているかもしれない。

▼評論家、紀田順一郎さんの「日記の虚実」によると、人が日記を始める理由は「人生に何らかの展開があると予想される場合」。作家、野上弥生子は関東大震災だった。「人間の無力を知った」ことが62年間も書き続けた動機だ。中勘助への思いを「九十の女でも恋は忘れないもの」とつづる。無常を知るがゆえの愛着か。

▼「新日記三百六十五日の白」(堀内薫)。新しい日記や手帳を眺めると、漠とした心持ちになる。この空白にどんな営みが書き込まれるのか。紀田さんの言う「展開」は、人それぞれだろう。就職、転職、定年退職。サラリーマン人生は平凡なようで作家に劣らず起伏に富む。書き始める契機は、改まった暦のなかに潜む。

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