春秋

2017/11/6 1:20
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米朝師匠なりの思い入れがはたらいたのかも――と、この欄で書いたのは3カ月前だ。「鹿政談」という落語で粋なさばきを下す奈良奉行として、幕末の名臣・川路聖謨(としあきら)を桂米朝師匠が登場させたことについての当てずっぽうだった。これに読者から便りをいただいた。

▼同封されていた資料によれば師匠はもともと曲淵(まがりぶち)景漸(かげつぐ)という幕臣がふさわしい、と考えていた。大岡忠相(ただすけ)に匹敵する名奉行として、もっと広く知られていい、との思いがあったらしい。そこへある日、奈良県在住の島田善博さんというファンから手紙がとどいた。「鹿政談」の奉行に川路を起用してはどうでしょうか、と。

▼川路は実際にながく奈良奉行をつとめ、その善政は今も慕われている。噺(はなし)の筋とは違うけれど、鹿にからんだ裁判で人情に沿ったさばきをしたこともあった。こうした史実をしたため島田さんは推薦したのである。これを受け師匠はみずから史料にあたって噺を練りなおし、川路が活躍する「鹿政談」を世におくり出した。

▼地元・奈良のため大きな仕事をした川路を敬愛する島田さんの思いが、米朝師匠を動かしたわけである。そのころ師匠はすでに70代の後半を迎え、書きものをするのも読むのもしんどくなった、とぼやいていた。それでもなお会ったことのないファンの期待にこたえ、あたらしい噺づくりに挑んだ。存命なら今日で92歳だ。

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