2018年7月22日(日)

安倍政権を全面承認したのではない

2017/10/23 3:34
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 この1カ月の大騒ぎは何だったのだろうか。降って湧いたような突然の衆院選は、これまでとさほど違わない与野党の議席配分で幕を閉じた。選挙戦の当事者たちは我が身の生き残りに必死だったのだろうが、有権者が頭を悩ますようなしっかりした選択肢が提供されたとは言い難かった。

 いちばんの責任は民進党の前原誠司代表にある。いくら党の支持率が低迷していたとはいえ、衆院解散の当日という土壇場になって、野党第1党ができたてほやほやの新党「希望の党」に合流を決めたのは、あまりにも奇策だった。

勝手に自滅した野党

 有権者に「選挙目当て」とすぐに見透かされ、7月の都議選に続くブームを当て込んで希望の党になだれ込んだ候補者はいずれも苦戦を余儀なくされた。

 希望の党を立ち上げた小池百合子代表の振る舞いもよくわからなかった。「排除」という物言いが盛んにやり玉にあげられたが、政策を同じくする同志を集めようとするのは当然であり、そのことは批判しない。

 しかし、分身的存在だった若狭勝氏らが進めていた新党づくりを「私がリセットします」と大見えを切ったのに、自らは出馬しなかった。これでは政権選択にならない。都知事選と都議選の連勝によって、自身の影響力を過大評価していたのではないか。

 選挙戦では終盤になって、もうひとつの新党「立憲民主党」が急速に勢いづいた。これをもって、「リベラルの復権」ともてはやす向きもあるようだが、それは早計だろう。

 立憲民主党をつくったのは「改革保守」を名乗った希望の党に受け入れてもらえなかった面々である。初当選は社会党だった人もおり、中道より左寄りなのはその通りだ。

 だが、憲法改正に関する考え方をみても完全に一枚岩ではない。政策が支持されたというよりは(1)排除されたことへの判官びいき(2)希望の党の失速で行き場を失ったアンチ安倍政権の有権者の後押し――などが重なりあった結果であり、一過性の人気に終わるかもしれない。

 この選挙をひとことで総括すれば「野党の自滅」である。自民党と公明党を合わせて、定数の過半数を大幅に上回り、選挙前と同水準の議席を獲得したとはいえ、野党候補の乱立に救われた選挙区も多い。両党が「与党の勝利」「安倍政権への全面承認」と受け止めているとしたら、大いなる勘違いである。

 有権者は自公の連立政権に軍配を上げたが、野党よりはややましという消極的な支持にすぎない。自民党に取って代われる受け皿さえあれば、簡単に見限る程度の支持であることは、都議選で身に染みたはずだ。

 主な世論調査を見ても、8月の内閣改造・自民党役員人事を受けて一時は上向いた安倍内閣の支持率は、選挙戦に入って再び低下した。ほとんどの調査で、不支持が支持を上回っており、不支持の理由も引き続き「首相の人柄が信用できない」が多い。

 森友・加計学園問題などで生じた政権への不信感はなお払拭されていないと見るべきだろう。自公が過半数を占めたことで「みそぎは済んだ」などと浮かれないことである。

経済再生が政治の役割

 疑惑をかけられた議員の表舞台への登用や、強引な国会運営を押し進め、「魔の2回生」が「魔の3回生」になるようなことがあれば、いずれ手痛いしっぺ返しを食らうことになろう。

 順風だった橋本龍太郎内閣がロッキード事件の有罪議員の入閣をきっかけに瓦解への道を歩んだ例があることを強調しておきたい。

 今回の衆院選勝利によって、安倍晋三首相は来年9月の自民党総裁選で3選を果たし、2021年まで政権にとどまる可能性が出てきた。そうなれば、戦後最長の佐藤栄作首相どころか、戦前の桂太郎首相を抜き、憲政史上最長の超長期政権になる。

 問題はそれに見合う業績を上げているかどうかだ。政権返り咲きからでも間もなく5年だが、アベノミクスひとつとっても「道半ば」「7合目」というばかり。生活がよくなった実感があまりないという国民が大半だろう。

 「安倍1強」と呼ばれる強大な権力を何に使うのか。経済を再生し、国民の暮らしを守る。それこそが政治の役割だ。「初の憲法改正」という宿願ばかり追い求め、肝心の原点を置き去りにしてはならない。

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