/

春秋

2012年の日本SF大賞を手にした宮内悠介さんの短編集「盤上の夜」に「原爆の局」という一編がある。賞にふさわしい作家の想像力に魅了されると同時に、物語の下敷きとなった史実にも圧倒される。囲碁好きの方なら「あの対局か」と思い当たるのではないか。

▼1945年の夏、本因坊だった橋本宇太郎七段に岩本薫七段が挑んだ勝負である。きびしい時局の下でもなんとか手合いを実現しようと、棋界の長老だった瀬越憲作ら関係者が奔走し、広島での開催にこぎつけた。その2局目は、広島空襲のおそれが高まったとして場所を郊外に移して、続行された。そして8月6日の朝。

▼遠くからの閃光(せんこう)が部屋を貫いた。つづけて、地を震わすような轟音(ごうおん)が部屋に迫った。爆風が対局場を突き抜けた……。広島の上空で爆発した原爆の威力は、10キロほど離れたところでもすさまじかったらしい。が、橋本と岩本は半壊した建物のなかで吹き飛ばされた石をならべなおし、碁を打ちつづけた。棋士の執念だろう。

▼井山裕太王座が七冠に返り咲いた。10代のときから「いずれは井山時代」と言われ、そんな期待に見事こたえた偉業である。棋士としての覚悟は72年前の橋本や岩本に通じるように感じる。一方で対局相手はいまや人工知能(AI)だったりする。科学技術の巨大なうねりに揺さぶられながら、勝負師たちは挑みつづける。

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

関連キーワード

セレクション

トレンドウオッチ

新着

注目

ビジネス

暮らし

新着

注目

ビジネス

暮らし

新着

注目

ビジネス

暮らし

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン