2018年4月26日(木)

アップルに学ぶ 日本企業も「美しいものづくり」
ITジャーナリスト/コンサルタント 林信行

コラム(ビジネス)
2017/10/10 6:30
保存
共有
印刷
その他

 米アップルの新型スマートフォン(スマホ)「iPhone8」の発表会に呼ばれた。製品もさることながら、それと同じぐらい衝撃を受けたのがアップルの新社屋だ。

最新の技術が生活や文化に与える影響を25年にわたり取材。マイクロソフトやグーグルのサイトで連載を執筆した他、海外メディアに日本の技術文化を紹介している。東京都出身。

最新の技術が生活や文化に与える影響を25年にわたり取材。マイクロソフトやグーグルのサイトで連載を執筆した他、海外メディアに日本の技術文化を紹介している。東京都出身。

 発表会が行われた「スティーブ・ジョブズ・シアター」は宙に浮かぶ円盤がコンセプトだ。軽量素材でつくられた円形の屋根が45枚ほどのガラス板で支えられ、柱はない。地下には最新の映像音響設備のシアターがあり、可動式の壁で自在に形を変える空間がある。

 驚いたことに、スティーブ・ジョブズ・シアターだけでなく、その隣にある直径464メートルほどの円盤型の本社も世界最大級の耐震基盤の上に乗せられているそうだ。

 時価総額世界一のアップルだからこそつくれる建造物だ。おそらく、そんなことをしなくても、もっと安く円盤状の建物を建てる方法はいくらでもあっただろう。だが、アップルはあくまでも美しさを優先させた。

 同様のこだわりはiPhone8の背面にも見てとれる。電子製品の背面は通常、小さい字で色々な表示や製品情報が書かれている。ところが、iPhone8には製品名以外、まったく表示がなかった。

 電波を扱うための認可情報などは、本体を操作し「情報」という項目を選ぶと表示される。アップルは電波行政をつかさどっている各国の当局と、認可情報を画面表示で済ませるための交渉を続けてきており、その成果があらわれている。

 製品の背面に表示があったからといって不自由はない。これまでそれに文句を言う人はいなかった。しかし、改めて表示がなくなったiPhone8の背面を見ると、潔い美しさに驚かされる。

 こうした製造上の手間は、ただ商品を売り、利潤を追求するという資本主義の合理性とは相いれない。そのようなことをするくらいなら、その分開発コストを下げた方が賢明と考える人も多いだろう。一方、数カ月後には廃れてしまうような機能や性能をPRして売り続けるのがいいことなのか、という視点もある。

 モノがあふれている時代に世界中で買われる製品をつくるのだから、ひとつひとつの製品を徹底的に丁寧に美しくつくれば、世界をステキなもので満たせる。だが、醜悪なものや中途半端なものをつくってしまうと、世界をその水準で満たしてしまうことになる。

 今の世の中では、企業が厄介ごとを引き起こすたびにコンプライアンスがより厳しく求められるようになり、新しいルールの押し付けが増える。当局の言われるがままに対応をしていた方が企業にとっては安心だし、余計な手間に煩わされずにすむ。おそらく顧客もそうした事情を理解し納得してくれる。

 だが、そうした心持ちでつくったモノで世界を満たそうとするのは果たして本当にいいことか。長すぎる約款文や過剰な表示、美しさを犠牲にして実現させた過剰な安全設計で汚された造作物を受け入れることになるのではないか。

 今や、ただルールにそってモノをつくるだけなら、規模が小さいスタートアップでもできるようになった。そうした時代に大手製造業が自らの巨大な影響力を行使して行うものづくりとは何か。

 ただ、ハードやソフトをつくるだけではなく、ときには社会の仕組みなどと戦って人類に感動を与えるような本当に素晴らしい品質の商品をつくりだすことではないだろうか。

 世界的な音楽家や演劇家のパフォーマンスの後には、感動した聴衆が立ち上がって「ブラボー」を連呼しながら延々と拍手をおくり続ける。今、そのように祝福されて生まれてくる工業製品はどれだけあるのだろうか。日本の美意識は世界の人々にも高く評価されている。ぜひ、日本の製造業も美しいものづくりで世界を感動させてほしい。

[日経産業新聞2017年10月5日付]

春割実施中!日経電子版が5月末まで無料!

保存
共有
印刷
その他

電子版トップ



[PR]

日本経済新聞社の関連サイト

日経IDの関連サイト

日本経済新聞 関連情報