通院難しい高齢者の味方 「訪問歯科医」の活用法

要介護認定を受けるなどして通院が難しい高齢者らにとって、歯科医が自宅で診療してくれる「訪問歯科」は頼れる存在だ。高齢者が虫歯などで歯を失うと、食事が難しくなって低栄養になったり、肺炎になったりして、健康状態の悪化を招きやすい。適切な口腔(こうくう)ケアで生活の質改善も期待できるが、健康保険と介護保険の使い分けなど注意点もある。
「歯にブラシを当てて掃除しますね」。8月中旬、東京都大田区の荷宮末子さん(98)宅で、歯科衛生士がベッドに寝た荷宮さんの口の中をライトで照らし、歯の健康状態をチェック。目立った異常は見当たらず、清掃などの口腔ケアを施して、20分弱の訪問診療を終えた。
介護する息子の慶造さん(69)は「通院は難しいので週1回、自宅で診てもらうようになって食べる量や種類も増え、体調が良くなった」と歓迎する。担当する玉堤歯科医院(東京・世田谷)の歯科医、青木正樹さんは「訪問診療なら継続して診察できる」と利点を強調する。
歯科の訪問診療は通院が困難な患者が主な対象で、要介護認定を受けている高齢者が多い。特に認知症だと虫歯や歯周病などで痛みなどがあっても症状を訴えず、歯が抜けたり、口の中でカビが繁殖したりするなど病状が極めて悪化して初めて家族や介護士らが気付くケースも目立つという。
このような時、どのように訪問歯科医を探せば良いのだろうか。
日本訪問歯科協会(東京・千代田)の前田実男理事は「かかりつけの歯科医に訪問してもらうのが最善だが、対応していないケースも多い」と指摘。「介護保険のケアマネジャーや地元の歯科医師会に相談すれば紹介してくれる」とアドバイスする。
訪問診療用の機材も進化している。歯を削り、義歯を作製するなど基本的な治療だけでなく、レントゲン撮影なども可能で「通常の外来と遜色ない治療やケアが提供できる」(前田理事)。機材がない歯科医向けに地元の歯科医師会が機材を貸し出すこともある。
訪問先や患者の状態で利用する保険は異なる。
抜歯や義歯作製など歯科の治療を伴う場合は、医療行為として健康保険が適用され、患者の自己負担は1~3割になる。症状の進行を抑えるための口腔ケアを提供する場合は、患者の居場所によって適用される保険が異なる。

病院や特別養護老人ホーム、老人保健施設に入所している場合は「居宅」に当たらず健康保険が適用され、自己負担は1~3割だ。自宅やグループホームなどで暮らす場合で患者が要介護認定を受けていれば、介護保険が使われて自己負担は1~2割になる。
介護保険での歯科医師による訪問は月2回、歯科衛生士の訪問は月4回まで可能。前田理事によると、自己負担額は患者の病状によって異なるものの、1回当たり1200~1500円ほどが目安という。「外来より少し割高だが、通院しようと思えば介護タクシーなどの費用がかかることを考えれば、費用対効果は高い」と指摘する。
介護保険を使う場合、ケアプランの枠外となるため、支給限度額に計上されないこともポイントだ。家族が「限度額を超えてしまう」と誤解し、訪問診療を諦めてしまうケースもあるといい、前田理事は「限度額を気にせずに利用できることをもっと周知する必要がある」と訴える。
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要介護高齢者の受診3割 訪問対応歯科は1割未満

厚生労働省研究班の実態調査(2002年)では、要介護認定を受けた高齢者89.4%で口腔ケアなどが必要だった。ところが受診したことがある人は全体の3割弱のみ。14年の患者調査でも年代別の歯科患者数は65~69歳がピークで、70歳以降は患者が減少した。
同省によると、訪問診療の研修を受けるなどの基準を満たし、国に「在宅療養支援歯科診療所」の届け出をした歯科診療所は15年4月時点で約6400施設で、同年10月時点で全国に約6万8700施設ある歯科診療所の1割にも満たないのが実情だ。
日本歯科大の菊谷武教授は「体が不自由になったり、認知症になったりすると、歯のセルフケアも難しくなる。歯科医療の必要性が高いのに通院できず、急速に症状が悪くなる患者も多い」と指摘する。
口腔環境が悪化すると、食事が十分にとれずに低栄養状態になったり、誤えん性肺炎の原因になったりする。菊谷教授は「要介護認定を受けた段階から、定期的な歯科ケアを受けられるように主治医やケアマネジャー、家族が配慮すべきだ」と呼びかける。
(倉辺洋介)
[日本経済新聞夕刊2017年8月24日付]
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