2019年8月20日(火)

アジア通貨危機から20年で浮かぶ課題

2017/7/1 2:30
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アジア通貨危機が起きて20年になる。世界の成長センターとして期待を集めていたアジアの国々が一転して外貨繰りに窮し、深刻な景気後退や国民生活の悪化に見舞われた。この20年で各国は危機を克服し、アジアは成長センターとして復活した。とはいえ、なお検討すべき課題は少なくない。

1997年7月2日、タイが通貨バーツの切り下げに踏み切ったことが、危機の引き金となった。翌々年にかけてマレーシアやインドネシア、韓国、さらにロシアやブラジルなどにも飛び火した。

あの危機にはさまざまな側面があったが、特に注目されたのは、企業の海外からの借り入れが国家的な危機を引き起こした点だ。公的債務か民間の債務かを問わず、海外の短期的な資金に頼る危うさが浮き彫りになったのである。

当然、危機のあとアジアの国々は民間の対外借り入れにも慎重になった。成長に必要な資金を国内の貯蓄でまかなう姿勢を強めたのである。結果としてアジアは、外からのショックに対する抵抗力を高めたといえる。

2008年のリーマン・ショックではアジアも景気停滞を避けられなかったが、欧州のような危機的な状況には陥らなかった。

一方、アジア諸国が国内の貯蓄に頼るようになったことは、世界の経常収支の不均衡を拡大し、金融を不安定にした面がある。リーマン・ショックの一因になったとの指摘も出ている。グローバルな金融の安定は、20年を経た今も重い課題のままだといえよう。

中国にもアジア通貨危機の影響は及んだが、金融が閉鎖的だったこともあり軽微だった。やがて飛躍的な成長の軌道に乗ったのは、周知の通りだ。実は中国の台頭は、あの危機の原因でもあり結果でもあった。その中国経済もここにきて減速傾向にある。特に過剰債務の問題が浮上しているのは、あらたな不安のタネである。

アジアの政治と社会にきざまれた爪痕も深い。インドネシアではスハルト大統領の独裁体制が崩壊した。民主主義が根づいてきたとはいえ、ガバナンス(統治)の近代化はなお大きな課題だ。

震源地となったタイでは、危機をバネに誕生した民主的な憲法が結果的にエリート層と貧困層の社会的な亀裂を表面化させ、クーデターの再来につながった。アジア通貨危機の波紋は今も複雑に広がり続けている。

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