寄付金で活気づく米調査報道、トランプ政権の混乱契機
藤村 厚夫(スマートニュース執行役員)
昨年の米国大統領選をめぐって起きた最たる変化は、政治報道が活気づいたことだ。米国内では、政治をめぐる話題がテレビやインターネットで流され続け、いまもまるでスポーツやエンターテインメントの話題のようにわき返っている。
興味深いのは、歴史ある新聞社や放送局から独自の切り口をもつ新興ネットメディアまで、苦境続きの時期を脱したかのように業績を伸ばしていることだ。「ニューヨーク・タイムズ」(NYタイムズ)や「ウォールストリート・ジャーナル」は、いずれも大統領選後の四半期に有料購読者の数を大幅に伸ばしたという。
NYタイムズ幹部は「トランプ氏がツイートするたびに、購読者が著しく伸びる」とまで語っている。同様の好調は英国の「エコノミスト」や「ガーディアン」などでも起きている。
単に購読料の伸びが顕著という以上の動きが背景にある。メディアや特定の記事企画に寄付金が集まる動きが活発なのだ。たとえば、調査報道大手のNPOメディアに「プロパブリカ」があるが、昨年の大統領選後の数カ月で、新たな献金者の数を1万7000人増やしたという。
政権に批判的な調査報道メディア「マザー・ジョーンズ」は大統領とロシアとの関係を調査する企画に50万ドルの寄付を募り、順調という。調査報道に期待し、応援する意思の高まりを見ることができる。
メディアと寄付金の組み合わせは、日本ではなじみが薄いが、米国では伝統がある。NPOの「調査報道センター」(CIR)や「社会健全性センター」(CPI)は、規模も大きくその活動がよく知られる。その中から「パナマ文書」報道で一躍有名となった「国際調査報道ジャーナリスト連合」(ICIJ)も誕生した。

これらの団体には、多いものでは10億円を超えるような寄付を慈善家や財団から受けて活動するものさえあるというのだ(澤康臣氏の著書「グローバル・ジャーナリズム」)。
ネット企業の経営で巨額の富を得た人物らも、ジャーナリズムを後押しする。イーベイ創業者ピエール・オミダイア氏は、調査報道やヘイトスピーチ対策に100億円を超える寄付を行うと表明している。ICIJも寄付の対象だ。
アマゾン創業者ジェフ・ベゾス氏は、2013年に「ワシントン・ポスト」を約250億円で買収したが、今年になり「報道の自由のための記者委員会」に1億円強の寄付を行った。
ほかにもある。案内広告サイト「クレイグズリスト」の創業者クレイグ・ニューマーク氏は、「ニュースの信頼性回復」に向けた業界横断プロジェクトに6億円強を寄付する。「ウィキペディア」の創業者ジミー・ウェールズ氏は、最近「ウィキトリビューン」を開設し、プロのジャーナリスト10人を採用する計画という。もちろん、財源は寄付金を想定している。
時の政権を揺るがしかねないような報道が、寄付金を背景に飛び出すかもしれない。大統領選や「にせニュース」問題の混乱を機に、そんな熱気が生まれているのだ。
[日経MJ2017年6月11日付]