「介護小説」相次ぐ 独自の視点、高齢化社会に挑む

新たな趣向の「介護小説」が登場している。格差の問題を織り込んだり、介護される高齢者側の視点を取り入れたり。超高齢化社会の日本が抱える問題に独自の手法・視点で挑んでいる。
「101歳の母が5年ほど前から要介護となったのを機に、介護施設に関心を持った。母が入所したのは地方の普通の施設で、それでも恵まれていた方だと思うが、中にはとても豪華なものがある。介護には格差が最も表れるのではないかと感じました」

東京・広尾の介護付き高級マンション「セブンスター・タウン」に勤める3人の女性を主人公とする長編小説「我らがパラダイス」(毎日新聞出版)を、3月に出した作家の林真理子(63)はそう話す。それぞれ深刻な介護問題を抱える3人は、あまりの境遇の違いに理不尽さを感じて、入居者を巻き込んだ「闘争」を始める。
格差問題を反映
3人のうち一人は兄嫁が家を出たために認知症の父を自宅に引き取り、もう一人は失職した弟が家に転がり込んできたことで事態が悪化する。「『介護は優しい人間が負ける』という(主人公の一人が語る)セリフがありますが、現実はその通りだと思う」。彼女たちが戦うのは「親の惨めさは自分たちの惨めさである」と感じるからだ。

「『介護小説』には悲しくてつらく、死をもって解決するといったイメージがあるが、それを覆したいという思いもあった。時には笑ってもらえるようなものを目指した」。作中では介護の過酷な現実の一方、主人公の一人と認知症の入居男性との恋愛も描かれる。「ラストは荒唐無稽のように映るかもしれないが、そこに向けて緻密な描写を心がけた」と林は振り返る。
作家でクリエーターのいとうせいこう(56)は、年老いた両親の介護を描いた短編を表題作とする小説集「どんぶらこ」(河出書房新社)を4月に出版した。表題作では、東京の自宅近くの施設に両親を引っ越させた男性「S」の物語が、父親からの呼びかけをまじえてつづられる一方で、大阪から実家に戻った女性が両親の介護に苦闘する日々が交互に描かれている。
実際の事件を基に
「(表題作の)2つの話のうち、ひとつはこの短編を書くきっかけになった実際の事件を基にしている。交差するように書いたため、どちらの親だったか迷ったこともある」といとうは打ち明ける。そのためか、女性視点の物語は「S」が書いた小説のように読める。
「老老介護など現実は厳しい。小説はそこから目を背けてはいけないと思う。一方で(様々な要素を盛り込む)『多重露光』できるのも小説の特色です」と述べる。タイトルや小説の冒頭に登場する昔話「桃太郎」の懐かしい響きが、暗くなりがちな「介護小説」にいくばくかの安らぎをもたらしている。

介護する側だけでなく、介護される側の視点も取り入れ、認知症を描いた長編として注目を集めたのが、昨年11月に刊行された「老乱」(朝日新聞出版)。著者で作家・医師の久坂部羊(61)は「長年、在宅医療を通じて高齢者と向き合っていると、認知症患者の気持ちが分からないと悩む介護者が多かった。小説でも患者視点で書いたものは少ないので、自分で書いてみようと思った」と話す。
主人公は妻を亡くした78歳の独居男性。幻覚を伴うレビー小体型認知症が進むことに伴う奇妙な言動に、息子夫婦は戸惑いを隠せないが、そこには本人なりの理由があった。その両者のギャップを、老化防止のためにつけていた主人公の日記などを通じて明らかにしている。
認知症患者をめぐる新聞記事を折りに触れて引用したのは「現実とつながっていることを示したかった」からという。「認知症患者の介護をうまくやっているご家庭の多くは、現状を『そういうものだ』と受け入れているように感じます」と久坂部。そのうえで「小説はノンフィクションに比べて、自分の表現したいことをわかりやすく伝えられる」とも述べ、現実の介護に役立つことを期待する。
(編集委員 中野稔)
[日本経済新聞夕刊2017年5月29日付]
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