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賃金が力強く上がる基盤を築こう

消費は依然として本格的な回復に遠い。このままでは消費を盛り上げて企業の生産活動や設備投資を活発にし、経済全体を元気にするという政府の筋書きも画餅に帰そう。起点となる賃金の伸びが勢いを増すよう、本気で取り組むときだ。

総務省の家計調査によると、2人以上の世帯が使ったお金は2016年に月額平均28万2188円で、物価変動の影響を除いた実質で前年比1.7%減となった。14年も2.9%、15年も2.3%の前年比マイナスとなっており、3年連続の減少だ。

付加価値の伸び低迷

14年4月の消費税率引き上げや、円安が進んだ局面での輸入物価の上昇が消費を抑えた面はある。だが、大きく影響しているのは賃金の伸び悩みだ。

厚生労働省の毎月勤労統計調査によれば、現金給与総額は16年まで3年連続で前年比プラスとなったものの、増加率はいずれの年も1%に満たない。

経済界は安倍政権の要請に応えるかたちで賃上げを進めてきたが、基本給を増やすベースアップ(ベア)は大手企業でも力強さを欠く。経団連の会員企業などを対象にした集計では、14年0.3%、15年0.44%、16年は0.27%と、2%以上のベアがざらだった1980年代などと差がある。

賃金の低迷にはいくつかの要因が絡み合っている。まず、1人あたりで生み出す付加価値がこの20年ほどの間、ほとんど伸びていないことだ。

内閣府によると、1人あたり名目国内総生産(GDP)は12年度から増え続けているが、15年度実績(419万1千円)は90年代後半からほぼ変わっていない。賃金の伸びも鈍って当然だろう。

90年代半ば以降、企業の多くは正社員を減らし、人件費を抑えて収益性の確保に努めてきた。だが、成長性の高い事業へのシフトや新しい事業モデルの創造などは遅れた。それが、生み出す付加価値の停滞に表れている。

企業の間で賃金の安い非正規社員の活用が広がり、正社員との二極化が進んだことも、全体として働く人の収入の伸びが鈍化した理由だ。総務省の労働力調査では、非正規社員の比率は16年平均で37.5%と高止まりしている。

社会保険料がじわじわと上がり企業の負担が増していることも、賃上げ抑制につながっていよう。

これらを踏まえれば、賃金上昇のために何をしなければならないかは明らかだ。企業が付加価値を高めるための生産性の向上と、労働市場改革、社会保障改革の3つが欠かせない。

生産性向上は、もちろん第一には企業自身の経営改革にかかっている。コンサルティング・投資会社、経営共創基盤(東京・千代田)が支援する茨城交通(水戸市)は、高速バス路線の新設などを進め、社員の平均年収をこの7年間で2割強増やした。

人工知能(AI)など企業の競争力のカギを握る技術にたけた人材や外国人を採りやすくするために、企業は成果に見合った処遇を徹底する必要もある。

あわせて政策面で、企業がより収益を上げられる環境をつくっていかなければならない。

民間の力を引き出せ

成長分野への新規参入を阻んでいる制度を見直すなど、企業活動を活発にする規制改革に政府はもっと力を入れるべきだ。投資家の声を生かし、経営者に成長投資などの収益力向上の取り組みを促す企業統治改革も重要になる。

労働市場改革では、自らの技能や知識を磨けば、賃金がいまより高い仕事に移っていきやすくなる環境の整備が求められる。

非正規で働く人の賃上げを広げるには、その人の生産性向上を支援することが確実な道だ。衰退産業で働く正社員が成長力のある産業に転じやすくするには、柔軟な労働市場づくりが大事になる。

参考になるのはドイツが2000年代に進めた改革だ。実習生を受け入れる企業を増やすなど職業訓練に力を入れた。さらに民間の人材サービスを積極的に活用し、職業紹介を受けやすくした。日本も人手不足を追い風に、労働市場改革を推進すべきだ。

社会保障は費用が高齢化で膨らまないよう効率化を急がなくてはならない。子育て支援は充実させながら、医療や介護費用は必要なものに絞るなど、メリハリのきいた改革が要る。

賃金を継続的かつ安定的に上げていくための改革は、一朝一夕ではできないものばかりだ。腰を据え、着実に進めたい。

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