「成功にあぐらかかず」iPhone10年の教訓
ITジャーナリスト/コンサルタント 林信行
世界を変えた米アップルの初代「iPhone(アイフォーン)」の発表から今年で10年になった。アンドロイドも含めたスマートフォン(スマホ)全体の出荷量は15億台弱。アイフォーンだけでも年間2.2億台だ。スマホのカメラでメモを撮影したり、地図で道案内したりする風習は、今では世界で数億人が共有している。
そんなアイフォーンのもっとも新しい使い方の1つが、改札にかざして電車に乗ったり、お店や自動販売機の支払いに使えたりする「アップルペイ」だ。

これを待っていたかのように、リクルートホールディングスのグループ会社はアップルペイに対応した決済端末を1万9800円で4月に提供し始める。クレジットカードの決済もできるうえ、消費者はアップルペイの機能を備えたアイフォーンさえあれば、現金やクレジットカードを持ち歩く必要はなくなる。今後は青空市場や屋台のような場所でもモバイル決済が増えそうだ。
このモバイル決済、「もともとは日本製の高機能携帯電話でもできていたことではないか」という人も多いだろう。その通りだ。それどころか、携帯電話用のアプリケーションや各種情報サービスもアイフォーンが登場するよりも前に、「iモード」に代表されるかつての日本の携帯電話の上で誕生して大きな市場を生み出していた。
一体、日本の携帯電話のどこがまずかったのか。見方はいろいろだろうが、筆者はその敗因は日本の伝統産業にも通じるものがあると思う。
老舗企業の間ではよく「伝統は革新の連続」という言葉が使われる。大成功をした定番製品であっても、時代が変われば生活環境も人々の好みも変わる。和菓子の見た目や味も時代の流れの中で変化し続けてきた。
日進月歩のテクノロジー製品なら、なおさら変化は必須だ。しかし、製品を花火のように打ち上げてそのままという事例は業種や業界を問わず、相変わらず多い。
iモードに関して言えば、確かに携帯電話の性能や画面のサイズの進化に合わせて多少の規格の進化はしていた。だが、2007年のアイフォーン発表により、同程度の製造コストでパソコン並みの表現力や操作性を持った携帯電話がつくれる現実をつきつけられた。
まだその時点ではiモードの方が大きな市場を築いていた。しかし、画面をタッチして簡単に操作ができるアイフォーンと、文字情報が中心で数字ボタンでメニューを選んで操作をするiモード系の操作画面との間には、大きな差があった。
モノの進化には連続的な進化と、超越的進化がある。アイフォーンのスマホ用基本ソフト「iOS」が最新版に更新されている頻度をみると、他のスマホ用基本ソフトをはるかに上回る。アップルは他のIT系企業と比べても連続・超越型どちらの進化にも消費者を巻き込むのがうまい。
他の企業では、成功している製品ほど、大事な顧客を逃したくない、嫌われたくないという思いが強く、大胆な超越的進化に踏み切れない。結果的に一世を風靡した製品を時代遅れとして風化させてしまうケースが少なくない。
アップルの本社には、携帯型音楽プレーヤーの初代iPod(アイポッド)が発表された講堂がある。その部屋の外には創業者の故スティーブ・ジョブズ氏の次の言葉が今でも飾られている。
「もし何かをやってうまくいったら、その成功の上で長い間あぐらをかき続けず、他の素晴らしいことに取り組み始めるべきだ」
継続する力も大事だ。だが、それと同じくらい世の中の環境変化や新しい潮流にも目を向け、その中で継続と変化のバランスをうまくとっていくことこそが大事なのかもしれない。
[日経産業新聞2017年2月9日付]関連企業・業界