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人間のみが可能な領域は? 「機械の能力」検証を
「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトディレクター 新井紀子

2017/2/7 6:30
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 囲碁のトップレベルの棋士が米グーグルの囲碁の人工知能(AI)ソフト「アルファ碁」に完敗したというニュースは記憶に新しい。知的スポーツの分野で人間の分が悪くなっているのは、科学の発展として、うれしくもあり、悲しくもある。

 「知性を競うスポーツ」には、平面幾何問題を解くというのがある。うまく補助線を引けばすんなり解けるが、なかなか思いつかない。「補助線を引くセンスこそ、数学のセンス」との信念を持つ読者もおられよう。

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 簡単なところでは「二等辺三角形の2つの底角が等しいことを示せ」という問題がある。

 二等辺三角形の頂点Aから底辺に向けて角Aの二等分線を下ろし、2つの三角形にする。それらが合同であることを示すことにより角B=角Cであることがわかる。「角Aの二等分線を引く」というのがこの問題を解く肝になる補助線である。

 では、うまい補助線を引けるようなセンスは不可欠なのか。

 AIの発生と発展に大きく貢献した米国のランド研究所は、発足して間もない1948年に「初等代数と初等幾何の自動処理の方法」という難解な数学論文を刊行した。著者はアルフレッド・タルスキ。第2次世界大戦中にポーランドからアメリカに亡命した数理論理学者である。

 まだコンピューターが存在しない70年前に、平面幾何の問題が機械的に解けることを示したのだから驚きだ。ただ、タルスキのアルゴリズムはあまりにも非効率だったので、長らく実用化されることはなかった。タルスキに比べれば画期的なアルゴリズムが70年代に発見されたが、当時のハードウエアの性能ではまともに動かすことはできなかった。

あらい・のりこ 一橋大学法学部卒、米イリノイ大学大学院数学科修了。理学博士。2006年より国立情報学研究所教授。「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトディレクターを兼務。
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あらい・のりこ 一橋大学法学部卒、米イリノイ大学大学院数学科修了。理学博士。2006年より国立情報学研究所教授。「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトディレクターを兼務。

 だが、我々が開発したAIソフト「東ロボくん」は昨年、中学校の幾何の問題どころか、過去20年間の旧帝大の2次試験で出題された幾何・線形代数・多項式に関する微積分問題についてその7割を完答できた。東ロボくんが問題を解くときには、補助線どころか図を書く必要もなかった。

 知的な人間にのみ可能な領域と信じられてきたことがある日、機械に取って代わられることがある。だからこそ、何が機械によって可能なのか、何がいまだに機械によって不可能かということを検証するプロジェクトが時々必要になる。

 ところで、東ロボくんの「数学脳」とでもいうべきソフトウエアの開発には、数名の数学者と1人の自然言語処理研究者がかかわった。残念ながらAIの研究者は1人もいなかった。タルスキの定理を読んだことがある日本のAIの研究者を見つけることすら難しいのだ。ランド研究所やグーグルの研究所が血眼になって優秀な数学者を雇い入れるのとは対照的だ。

 東ロボくんは数学オリンピックのレベルの問題は4分の1程度しか解けない。その意味では、平面幾何問題は「まだ」人間のトップ(数学オリンピックの金メダル受賞者たち)には及ばないということだろう。

 たとえばこんな問題がまだ機械には難しい。

 「ある村に4軒の家がある。それぞれの家からの距離の和が最小になるようなところに集会所を建てようと思う。どこに建てればよいか」

 現在知られている最良のアルゴリズムと最新鋭のスーパーコンピューターがこの問題を解こうとしても、答えが出るのは地球滅亡の日どころか、太陽系滅亡の日よりも先のことになる。

 ところで、あなたはこの問題、解けましたか。

[日経産業新聞2017年2月2日付]


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