2016年末、ネットメディアを通じてあるM&A(合併・買収)のニュースを聞いて驚いた。写真・動画共有アプリ「スナップチャット」を運営する米スナップが、拡張現実(AR)事業を提供するイスラエル企業を買収していたのだ。
スナップチャットは世界中の10~20代の若者に人気のソーシャルメディアのアプリである。月間のアクティブユーザーは1億人を超えている。
スナップを創業したのは、まだ26歳のエバン・スピーゲル氏だ。3月には株式を上場すると言われており、米有力経営誌で最も若いビリオネアー(億万長者)として紹介されたこともある。
なぜ私がそのニュースに驚いたのか。スナップに買収されたイスラエル企業のCimagineMediaは、イスラエルにある私のオフィスから歩いて数百メートルの距離にあるからだ。米コカ・コーラによるベンチャー支援施設にオフィスを構えている。私は数カ月前に出会ったばかりだった。
その支援施設では「アクセラレータープログラム」が行われている。それはコカ・コーラのような大企業とベンチャー企業(スタートアップ)、我々のようなベンチャーキャピタルの3者が協業(コラボレーション)して製品・サービスを開発するというものだ。製品・サービスが3者いずれにとってもメリットがあることが前提となる。
CimagineMediaが提供しているのは、立体(3D)画像によって対象物を簡単に、そしてリアルに視覚できるAR技術だ。例えば、スマートフォンのカメラを起動させたとする。カメラで目の前の空間を撮影すると、その映像の中に家具や家電などを仮想的に配置できる。
コカ・コーラとのコラボレーションはこのようなものだった。コカ・コーラの自動販売機の営業担当者にAR技術を提供する。営業担当者は自動販売機を設置したときの様子を顧客に示すことができる。
担当者はわざわざ自動販売機を持ってくる必要はない。それどころか、様々な種類の自動販売機を設置したときのイメージを数秒で見せられる。担当者の売り上げは20%増加し、営業経費は30%削減できたという。
アクセラレータープログラムを実施しているコカ・コーラのマネジャーは「売り上げとコストの両面でメリットを及ぼしてくれるスタートアップとはどんどん組んでいく」と話していた。
大企業とスタートアップのコラボレーションの事例は日本にもある。インテリアに関するSNS(交流サイト)「RoomClip」を運営するTunnel(東京・渋谷)は、家具・住設機器メーカーと組んでいる。
Tunnelと組んでいるメーカーは、SNSへの投稿を通じて、自分たちの製品がどのように使われているのかがわかる。評価されている点や改善すべき点を把握できるうえ、SNSを通じた販売促進も可能だ。
大企業が自社製品の売り上げやブランド力を上げるため、スタートアップのリソースを活用することが当たり前になりつつある。同時に、大企業の力を活用してバージョンアップするスタートアップも相次いでいる。
スナップは買収したCimagineMediaをイスラエルにおける研究開発(R&D)拠点にするという。ポケモンGOのようなAR技術を使ったゲームや新しいコミュニケーション手段を生み出すため、スナップはCimagineMediaの技術を活用するのだろう。
我々がイスラエルにオフィスを設けて今年で3年になる。日本企業のイスラエルへの投資額は15年には52億円になり、13年の5倍弱に膨らんだ。12年と比べれば約26倍に達する。大企業とスタートアップのコラボレーションもますます増えていくだろう。
[日経産業新聞2017年1月26日付]