AIで日本を強く(1)産業競争力を高める好機生かせ
認知や判断といった人間の知能の働きをコンピューターで実現する人工知能(AI)が、急速な進歩を遂げている。囲碁のAIがプロ棋士を破った出来事は、ほんの一例にすぎない。AIの影響は今後、あらゆる産業に広く、深く及んでいく。
イノベーションによる経済成長を求められる日本は、市場や雇用の創出にAIを生かす戦略を描き、行動に移すときだ。
生産性向上の切り札に
電子情報技術産業協会(JEITA)の予測では、世界のAI関連市場は2025年に318兆円と、10年で30倍以上に膨らむ。サービスやソフト、ロボットなどを通じ、交通や物流、小売り、医療といった幅広い業種で構造変化が進む。
主導権争いでは米国勢が先行する。IBMはAIを医療に応用し、患者のデータから病気を診断したり治療法を選択したりするのを支援する。アマゾン・ドット・コムはレジでの会計が不要なコンビニ店の計画を打ち出した。AIを使った接客ソフトの開発など、ベンチャー企業の動きも活発だ。
人手不足や少子高齢化に直面する日本も、AIをテコに産業競争力を高める必要がある。
キユーピーは食品の製造ラインに異物や不良品がないかAIで見つける取り組みを実験的に始めた。ラインを流れる食品の動画を撮影し、画像解析する。目視による作業者の負担を減らしながら、発見の精度を高める狙いだ。
静岡県湖西市の農家は、大量のキュウリの写真をAIに学習させ、収穫したキュウリを色つやや曲がり具合で等級別に仕分けする自動装置を試作した。今年中の実用化をめざす。発想次第で生産性向上の切り札にできる。
日本の産業を強くするには、これまでにない製品・サービスを編み出すことも大切だ。
セコムは身につけるウエアラブル端末で集めた身体データなどをAIで分析し、健康な暮らし方を助言するサービスを検討する。中山泰男社長は「高齢者が住み慣れた自宅で長く過ごせるようにしたい」と意欲を示す。こうしたチャレンジ精神を多くの企業に広げなければならない。
AIをビジネスに生かす戦略を立てるうえで見逃せないのは、あらゆるものがネットにつながる「IoT」の潮流だ。
米調査会社のIDCによると、ネットに接続する機器の数は20年に300億に達する。そこから生み出されるデータは膨大で、種類も多岐にわたる。高度な解析によってデータの価値を引き出すのにAIは強力な武器になる。
12年創業のABEJA(アベジャ、東京・港)は、IoT時代を見すえたAIベンチャーだ。工場や店舗、さまざまな機器などから集めたデータを分析し、メーカーや小売業者などが新たな事業モデルを築くのを助けるサービスに乗り出した。
日本には自動車や工作機械、空調など世界的にシェアの高い製品を持つ企業が数多くある。機器の稼働状況などのデータを集めてAIを駆使すれば、米国企業などにはまねのできないユニークなサービスを生み出せるはずだ。
新たな輸出産業の創出
IoTを追い風にして競争力を高めるため、企業は今こそ知恵を絞らなければならない。
高品質なものづくりや、きめ細かなサービスも日本が世界に誇れる強みだ。熟練や匠(たくみ)の技といった暗黙知は数値化や体系化が困難だったが、AIに学ばせればロボットや自動化システムなど形のある製品にできる。
技能伝承の手段として、日本国内で役に立つだけではない。東京大学の松尾豊特任准教授は「新たな輸出産業にできる」と訴える。有望なのは農業や建設、食品加工などの分野だ。日本の強みを生かす好機という視点が欠かせない。
20世紀は大量生産による画一的な製品やサービスが通用した。21世紀は違う。刻々と変わる顧客ニーズに柔軟にこたえる経営が一段と重要になる。データから世の中の動向を正確につかみ、迅速な意思決定をするためにも、AI活用は避けて通れない。
企業経営の変革期にあることを自覚し、必要な手を打つ。グローバル競争で存在感を示せるよう、日本の産業界が大きく踏み出す年にしたい。