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病越え力泳、2度の銅 競泳・星奈津美

引退模様(6)

10月の引退表明後も星奈津美は多忙な毎日を送る。12月上旬はほぼ休みなく、講演活動などで全国を飛び回った。甲状腺ホルモンが過剰に分泌されて疲れやすくなるバセドウ病と闘いながら、ロンドンとリオデジャネイロの両五輪で銅メダルを獲得した努力家は今、各所で大モテだ。

「小さなことを積み重ねれば必ず速くなれる」。講演活動などで全国を飛び回る

現在の所属は、現役時代から社員選手として勤務しているミズノの「スポーツプロモーション部」。元トップスイマーの立場でスポーツや水泳の魅力を社会に伝えていくという新たな使命を帯びている。

最初は「つまらないと思われたらどうしようと不安だった」。が、話に相づちを打つ人やメモを取る人もいて、徐々に手応えを感じ始めている。

人前で自分の来し方を語っていると「よく水泳をやめなかったな」と思う。小学生のころの、埼玉県大会に出場するための記録も突破できない、「全く才能のない子だった」自分が思い出される。

なぜ続いたのか。「自分が決めたことはやり通さないと気が済まない性格だったからだと思う」。同じスクールの大学生から「速くなるには足首を柔らかくするといい」と教わって以来、風呂に入っていてもテレビの前でも、いつでも足首をぐるぐる回した。体力を浪費しない、しなやかなキックは星の一番の強みとなった。

中学生になってからは毎朝3キロのランニングも欠かさなかった。過酷な種目の一つといわれる200メートルバタフライの後半に力を発揮できたのは「一つ一つの取り組みが、後になって何とか実を結んだのだと思う」。

だから講演で「小さなことを積み重ねていけば必ず速くなれる」と説く。この話に子供たちが目を輝かせてくれることが何よりもうれしい。「今、(何かに)伸び悩む子供に伝えられることが私にはあるのかな」

持病の病状悪化による甲状腺摘出手術からわずか8カ月後の2015年世界選手権(ロシア・カザニ)で日本競泳女子初の金メダル。試練を乗り越えての偉業だが、星は大きな顔をしなかった。常に謙虚な教え子を、コーチの平井伯昌は「全ての行動が遅い人」と苦笑いしながら「星がいるだけでその場が和む。常に穏やかな、すてきな女性」と評した。

リオ五輪後に結婚し、結婚祝いでもらった圧力鍋で料理を修業中。先日つくったコンソメスープは夫に好評だった。「生活がガラリと変わって全てが新鮮」。新たな人生も、星らしく自然体で過ごしている。

=敬称略

(田村城)

 ほし・なつみ 1990年8月21日生まれ。埼玉県出身。2008年の北京以降、五輪3大会の女子200メートルバタフライに出場し、高校3年時の北京は準決勝敗退、12年ロンドンと16年リオデジャネイロの2大会で銅メダルを獲得した。
 2大会連続メダルは前畑秀子と中村礼子に続く日本女子3人目。10年日本選手権から同種目で大会7連覇。12年にマークした自己ベスト(2分4秒69)は現在も日本記録。14年に甲状腺の摘出手術を受け、後に持病のバセドウ病は完治した。

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