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「走る」超え、盗塁磨いた技 プロ野球・鈴木尚広

引退模様(5)

盗塁だけなら約3秒。一瞬の勝負のために毎日、試合の7時間も前から誰もいない球場に現れた。ストレッチはもちろん、体の状態を確かめ対戦投手の特徴や試合の情報を整理し、試合中もベンチ裏でいつ来るとも知れぬ出番に備えた。

盗塁だけなら約3秒。毎日、試合の7時間も前から誰もいない球場に現れた

それは、投手が投球モーションに入って初めて事が始まる稼業で、受け身にならずに「自分が主導権を握る」のに欠かせない時間だった。「受け身であれば不安がつきまとう。頭が先行してしまうと難しい」。果てしない準備が不安や雑念を取り除き、あとは「自分の中に映るスクリーンをぼんやり眺める」といった境地でスタートを切った。

1年先輩の仁志敏久や1年後輩の高橋由伸(現監督)らに囲まれ、入団から5年間は1軍出場ゼロ。それでも腐らず、「組織のなかでどう動き、必要とされる人間になるか。かすかな光を探していった」。2001年秋の原辰徳の監督就任がその一筋の光だった。

機動力を重んじる監督のもと02年初出場、翌年104試合と出番が急増。「(原前監督なしでは)僕の存在はなかったと言い切れる。何とか応えようと成長できた」。出場機会の減った現役晩年もその走りはチームに欠かせぬものだった。

14年7月15日ヤクルト戦はその神髄。代走で出た延長十二回2死二塁。一、二塁間のゴロが一塁手のミットをはじいた。際どいタイミングで本塁を突くと「コース取りがクリアに見え、迷いがない」という理想としてきた心境に至った。直前でとっさに右へ舵(かじ)を切り、左手でぎりぎりサヨナラのホームを触った走塁は今も語り草だ。

この時は次打者の長野久義が打球を追う視線まで参考にしたという。「走る」「滑る」といったものを超えた奥深い技がそこにあった。「人と同じような考え方でなく、突き詰めてやったから出来上がったんじゃないかな」。最初は「そこで勝負をせざるを得なかった」という道を一つ一つ切り開くうちに、まねできぬ高みに登っていた。

この年、リーグ優勝を決めると、レギュラーが呼ばれるはずの記者会見に菅野智之とともに声がかかった。粋な計らいに「代走、代打、守備固めでも貢献できるんだと、世の中に発信してくれたことがうれしかった」。持ち場で懸命に務めを果たす脇役たちを代表して受けたような、プロ20年のひそやかな"勲章"だ。

引退記者会見で「体力、技術は上がっているが、心が離れていった」と語った。ぎりぎりの勝負をしてきた職人らしい引き際だった。今後は「やってきたことを還元しながら人を育てていきたい」と話す。その教えは「走る」技術にとどまらず、物事への備えまで示唆に富んだものになるはずだ。

=敬称略

(西堀卓司)

 すずき・たかひろ 1978年4月27日、福島県生まれ。97年、福島・相馬高からドラフト4位で巨人に入団した。6年目の2002年4月に1軍初出場し、翌03年に1軍定着。08年30盗塁でチームのリーグ優勝に貢献。ゴールデングラブ賞を受賞し、日本シリーズでも優秀選手賞に輝いた。10年ごろから代走のスペシャリストとして活躍し、14年4月に通算200盗塁を達成。通算盗塁成功率8割2分9厘は歴代1位(200盗塁以上)。通算1130試合で打率2割6分5厘、228盗塁。

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