春秋

2016/12/11 2:30
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多楽(たらく)島――と聞いても、ピンとくる人はほとんどいないだろう。北海道の納沙布岬から45キロ。歯舞群島のいちばん北にある小島である。面積12平方キロ弱というから、東京都千代田区くらいの広さだ。戦前はここに1500人近くが暮らし、コンブ漁などに携わっていた。

▼北方四島のなかで、人口密度が最も高かったこの島には小学校もあった。子どもたちがたくさんいた。家族の平凡な幸せがあった。「そこに突然やってきたソ連兵に、住民は追い出されました。土足で上がり込まれ、銃を突きつけられた。忘れることのない体験です」。いま根室市に住む河田弘登志さんは82歳の元島民だ。

▼やがて内地にたどり着いたが住める家とてなく、風蓮(ふうれん)湖のほとりの番屋や知人宅の馬小屋を転々とした。雪の吹き込む部屋で身を寄せ合って生きる日々だった。四島からの引き揚げ者の多くが同じような境涯に置かれたという。河田さんは領土返還運動に携わって半世紀。そういう歴史を風化させまいと訴えを重ねてきた。

▼今週はいよいよ、ロシアのプーチン大統領が日本を訪れて安倍首相との会談に臨む。過去に何度も期待をかけ、そのたび裏切られてきた人々に希望の灯はともるだろうか。高齢の元島民らは祈るような気持ちで交渉を見守っている。河田さんのふるさと多楽島は、じつは根室市の一部だ。なのに、行かれぬ土地なのである。

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