ソフトとハード 両輪の最適化が競争力生む
ITジャーナリスト/コンサルタント 林信行
米アップルのイノベーションというと「iPhone7」などの最終製品に目が行きがちだ。だが、最近は製品に搭載されている独自開発した半導体が面白い。今の注目はワイヤレス通信用の「W1チップ」だ。

ワイヤレスヘッドホンでは、ブルートゥースという通信技術を使う。しかし、この技術は使い勝手が悪い。スマートフォン(スマホ)との接続には「ペアリング」、接続先の切り替えには「ペアリング解除」という面倒な操作が付きまとう。
W1チップ搭載の新型ヘッドホン「AirPods(エアポッド)」は、iPhoneの近くでケースの蓋を開けるだけでペアリングが完了し、クラウドで同期しているすべてのアップル製品で利用可能になる。接続先の切り替えも自動だ。
アップル傘下の「Beats(ビーツ)」の新型ワイヤレスヘッドホンにもW1チップが内蔵されている。電源ボタンを長押しするだけで設定が完了する。通話時の声もよりクリアになった。
アップルの創業者の故スティーブ・ジョブズ氏は携帯型音楽プレーヤーのiPodで日本の家電メーカーに勝った理由について、こう語ったことがある。「日本のメーカーはソフトウエアの時代になったことを読み取れず、いいソフトウエアをつくれなかった」
彼は「iPodは美しい箱のように見えるが、(その本質は)中のソフトウエアにこそある」と語った。そしてパソコンという概念を生み出したアラン・ケイ博士の「ソフトウエアに対して真剣に向き合う人は、そのためのハードも自ら作る」という言葉を引用した。
今のアップルは、まさにこの言葉を実践している。数多くの独自の半導体を開発し、それが他社製品に対する新たな強みになり始めている。
アップルはスマホのカメラに使われるCCD(電荷結合素子)はソニー製を採用するなど、他社の部品を活用しつつ、自分たちにしかできない新しい価値づくりは独自部品で行っている。
英ダイソンも優秀なソフトウエアと、それが真価を発揮するためのハードウエアの開発に重きを置いている。
掃除機や扇風機、ヘアドライヤーを主力製品とするダイソンにとって、コアコンピタンス(競争力の源泉)を握る部品は何か。答えは「ダイソンデジタルモーター(DDM)」と呼ばれる強力なモーターだ。超小型でありながらF1エンジンの5倍、ジェットエンジンの10倍の速さで回転するこのモーターで、ダイソンは空気を自在に操る。
DDMでもソフトウエアが性能向上のかなめになっている。3年前の製品に搭載されている「DDM V6」と今年の「DDM V8」とでは、1分あたりの回転数がV8の方が1万回転以上も多い。違いはソフトウエアと電力供給だけだ。
21年前にウィンドウズ95が登場してから、デジタル機器の業界では、汎用部品が主役となった。汎用の基板に汎用のチップ、それにケースをかぶせればパソコンができてしまう。今は汎用部品を組み合わせるだけでスマホを作れる。
そうした時代に大手メーカーはどう違いを打ち出せばよいのか。自社のコアコンピタンスを見極め、ソフトとハードの両面から進化する部品を開発し、その強みを積み上げる――。アップルとダイソンのこの手法は重要なヒントになりそうだ。
日本のメーカーに勤めていた筆者の友人が、iPhoneの操作しやすさについて「ソフトとハードの両方から製品の最適化をしているからこそできる。汎用のパーツの上でソフトだけで同じことをやろうとしても限度がある」と語っていた。
日本の家電メーカーはハードとソフトを別々の部門が担当するのが一般的だ。そろそろ組織体制から見直す時期に来ているのかもしれない。
[日経産業新聞2016年12月1日付]
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