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力泳導く名伯楽 「ゴールで待つ 突っ込め」

筑波大学付属視覚特別支援学校教諭 寺西真人

12日にあった競泳男子50メートル自由形(視覚障害S11)で木村敬一(東京ガス)が銀メダルを獲得した。全盲のスイマー、木村のフィニッシュ直前、ウレタン製のスポンジのようなものを先っちょにつけた棒で体をたたき(タッピング)、ゴールのタイミングを教えたのが寺西真人(57)だ。「タッパー」という水先案内人を、長年務める。

50メートル自由形決勝で木村(下)に2位に入ったことを伝える寺西=寺沢将幸撮影

目が見えない場合、タッピングのタイミングがずれると壁に激突したり、逆にゴールまで遠いところで力をゆるめてタイムをロスしたりする。タッパーは全盲の選手が競うS11クラスではなくてはならない存在だ。木村も「寺西さんだと一番安心感が大きい」と全幅の信頼を置く。

13年前、寺西が今も勤める筑波大学付属視覚特別支援学校へ、木村が地元の滋賀から上京、入学して知り合った。寺西は学校に水泳部をつくり、防火水槽を改造した12メートルプールで河合純一や秋山里奈ら、後にパラリンピックで金メダルをとる名スイマーを育成した指導者だ。

小4から水泳を始めた木村の素養を授業で見抜き、中1の冬、両親に許可を得たうえで水泳部に誘った。「練習に行くぞ、と声をかけた」と寺西。木村も「断る理由もなかったので」とのほほんとついて行き、師弟関係が始まる。

指導は独特だった。「12メートルを10秒で泳ぎ続けよう」と指示し、10秒ごとに音がなるタイマーを置く。健常者の泳者はプール脇の時計を見てペースを調整するが、目の不自由な生徒はそれができないのでこうした方法をとる。ただ、10本泳ぐと9秒ごと、さらに10本泳ぐと8秒ごとに音がなるようにこっそり仕組む。

遅れ出すと寺西が罵声を浴びせる。生徒たちは、疲労がたまって10秒ペースに追いつかなくなっていると勘違いし、さらに馬力を出す。「これで河合も秋山も木村も強くなった」と寺西。

寺西は中学、高校と水泳をしていた。日体大を卒業後、母校の筑波大付属高へ非常勤の体育教師として勤務。27歳の時、視覚支援学校の代理教師を1年間頼まれた。

「盲学校なんて、えーっと思った」。でも母校と兼務で交通費が二重取りできるのは「おいしい」と引き受ける。不純な動機で向かった先で出会ったのは、純粋な生徒たちだ。「この子たちは一生懸命生きようとしている。見るのは不自由でも、その目は輝いていた」。自分の居場所を見つけられたと思い、29歳のときに正職員に。以来、ずっと水泳を指導し続けている。今回の競泳代表の小野智華子(21)も教え子だ。

パラリンピックでもアテネ大会からタッパーを続けている。「やめたいけど、僕がやめたらやる人がいなくなっちゃうので。自分の育てた選手なら、失敗したときにごめんねと言えるから」。ちょっとのずれでメダルの有無という、実は天国と地獄が背中合わせの世界がタッピングだ。重圧は選手以上に大きいのだろう。

木村は13日に100メートル平泳ぎ、14日100メートルバタフライと金メダルが狙える有力種目が控える。寺西はレース前、いつも通りに声をかける。

「ゴールで待っているから、突っ込んでこい」

=敬称略

(摂待卓)

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