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米への事業視察 ブロイラー導入を決断

ロックフェラー家と提携の幸運

タイ・CPグループ会長 タニン・チャラワノン氏(14)

宿題をやりとげねばならなかった。鶏の大きさをそろえることだ。協同組合で働いていたとき、脱毛など鶏を食肉に加工する作業を機械で自動化しようとしたが、うまくいかなかった。タイの地鶏は大きさがまちまちだったからだ。

青年実業家として世界を駆け回っていた30歳ころ(筆者(右)と叔父の謝少飛)

協同組合の理事長だったチャムナン・ユバブーン博士からは「均等に育つ鶏が必要だ」と助言を受けていた。米国では鶏の品種改良が重ねられ、ブロイラーと総称される改良種が普及していた。8週間で育ち、同じ大きさになる。

CP(チャロン・ポカパン)グループは輸出入の決済などで、米チェース・マンハッタン銀行(現JPモルガン・チェース)と取引関係にあった。チェース・マンハッタン銀行がブロイラーの種鶏事業では米最大手のアーバーエーカーを紹介してくれるという。実はアーバーエーカーはチェース・マンハッタン銀行の身内企業だった。

当時、チェース・マンハッタン銀行は米石油王ジョン・ロックフェラーの孫のデビッド・ロックフェラーさんが頭取を務めていた。デビッドさんのお兄さんが後にフォード政権(1974~77年1月)で副大統領になるネルソン・ロックフェラーさんだ。実業家でもあったネルソンさんはアーバーエーカーを買収していた。

70年前後だったか、私はチェース・マンハッタン銀行のつてをたどって米国のブロイラー事業を視察する機会に恵まれた。米国への旅費も相当にかかった。長兄のジャランに相談すると「行って見てこい」と私の背中を押した。この一言がなければ今日のCPはなかったかもしれない。

ニューヨークを見物した後、メーン州に入った。ブロイラーのヒナをつくるための種鶏育成の本拠地だった。異なる品種を交雑するブロイラーは一代限りであり、ヒナから次のヒナはつくれない。種鶏が必要だ。

米国では種鶏会社から飼料会社がヒナを買い、それを農家に渡して育ててもらう契約生産が産業として根づいていた。飼料会社は飼料だけでなく病気を防ぐための薬品も提供し、ブロイラーが大きくなれば買い取る方式だ。

私が見たヒナは8週間で1キロ半になる品種だった。狭いところでも大量に飼育ができた。タイの農家は1家庭で鶏100羽を飼育するのがやっとだった。ブロイラーなら1家庭でも1万羽を育てられる。飼料も地鶏より少なくて済む。

私はブロイラーをタイに導入する決断をした。アーバーエーカーはネルソンさんの息子のロッドマン・ロックフェラーさんが経営にあたっていた。チェースのデビッド・ロックフェラーさんの紹介でロッドマンさんにはすぐ会えた。ロッドマンさんは東南アジア地域でのCPとの提携を承諾してくれた。

CPはアーバーエーカーと合弁で、タイでヒナをふ化させる事業に着手した。アーバーエーカーはインドでブロイラー事業をしており、最初の種鶏はインドから持ち込まれたものだ。

その後、ロックフェラー家はアーバーエーカーの経営から離れたが、ロックフェラー家とは良好な関係を維持してきた。ロックフェラー家と懇意になれたことは大きな収穫だった。

(CPグループ会長)

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