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温かみとライブ感 レコードの魅力、若い世代にも響く

NIKKEI STYLE

 アナログレコードを再評価する動きがある。2015年の国内レコード生産は約66万枚とこの5年で6倍以上になった。ピーク時の1億9千万枚には遠く及ばないが、中高年の懐古趣味だけでなく若い世代が新しさを感じているようだ。何が魅力なのだろう。

「レコードはCDよりも音がいい」。よく耳にするが本当だろうか。DENONブランドでレコードプレーヤーを作り続けるディーアンドエムホールディングス(川崎市)を訪ねた。

米国のミュージシャン、ドナルド・フェイゲンの「I・G・Y」を違う音源で聞き比べてみる。レコードプレーヤーの前でたばこを吸う男の写真のジャケット。1982年リリースのアルバム「The Nightfly」にある抜群に格好いい曲だ。

いつもはCDで聞いているためレコード音源は初体験。1分近い長い前奏の後、ドナルド・フェイゲンがスピーカーのど真ん中から現れた。確かにそう感じた。500万円を超える再生機材の音だから割り引かないといけないが、ボーカルが自分を直撃し、抜けの良さがすごい。厚みのある演奏とボーカルがそれぞれくっきりと、しかし融合して聞こえる。目の前で演奏しているようなライブ感の強い音と言ったらいいだろうか。

ちょっと興奮しながら、聞き慣れたCDを次に試した。ドナルド・フェイゲンは真ん中にいたが、レコードに比べると声の抜けは弱い。全体の音の輪郭もやや甘い印象だ。

続いてCDよりも細かくデジタル化して情報量を格段に多くしたハイレゾリューション(ハイレゾ)再生を聴いてみた。ライブ感はレコードに劣らない。音の粒はむしろ、こちらの方が際立っている。ただ「まろやかさ」「温かみ」という音の質感はレコードに軍配が上がりそうだ。

聞こえぬ超高周波 カットせず音自然

レコードは音が良いというのは何を指すのか。ノイズがないことを良いとするなら、間違いなくアナログよりデジタルが良い。しかしDENONのサウンドマネージャー、山内慎一さんは「音の良さは感覚だけではないんです。古いCDは人が聞こえる20キロヘルツ以上の超高周波をカットしている。この部分の音がないことが聞こえる音にも影響を与えるとわかってきた。原音のまま刻むアナログレコードが自然な音に聞こえるのは当然」という。

レコードを楽しむ人々は、音以外にも魅力を見いだしている。そんな発見をしたのは中古オーディオとレコードの専門店、ハイファイ堂(東京・千代田)でのこと。壁一面に個性的なレコードジャケットの数々を飾っている。アート作品を鑑賞するようにジャケットを眺め、客はどんな音かを想像する。「有名な写真家やデザイナーが手掛けたジャケットは多い。このアート性が中高年には懐かしく若い世代には新鮮に映る」(店員の本多真紀さん)という。

レコードの聖地、渋谷区宇田川町にあるHMVレコードショップ渋谷にも行ってみた。きゃりーぱみゅぱみゅやPerfumeのレコードがある。女子高生がジャケットを掲げて自撮りしている。配信が当然の時代に育った彼女らが、ジャケットの面白さにはまっているのだ。竹野智博店長は「インテリアとしてレコードプレーヤーを買う人もいる」と話す。レコード音楽をジャケットや再生機器などの「モノから聞く魅力」はじわじわ広がっているようだ。

音出す前の「儀式」 感覚を研ぎ澄ます

10~20代の配信世代、30~40代のCD世代と異なり、50代の私が再発見したのはレコードをかける一連の動作が一種の儀式に近いということ。

漆黒の盤を取り出す。漂う塩化ビニールの匂い。両手で挟み優しくターンテーブルに乗せ、アームを曲の合間の溝に合わせる。針を落とし腰を下ろす。かすかなノイズが漂う静寂を破って、スピーカーが唐突にイントロを奏でる。

この時、体の全神経が自然と音に集中する。音を出すための数十秒間の儀式が、音を聞くという能動的な感覚を研ぎ澄ます。レコードの音が良く聞こえるのは、こうした体感も影響していると思う。

渋谷区道玄坂の4千枚以上のレコードをそろえるレコードバー「33回転」を訪ねると、店長の伊藤滋さんがカウンターの上に置いた2台のプレーヤーを駆使して音楽をかけていた。曲の終わりの余韻さめやらぬ中で、次の曲のイントロを響かせる。別のレコードを取り出し、ときに酒を注ぎ、手作業を重ねることで音の世界をつくる。「最近は若い人も増えた。イヤホンでわからない音を実感できるのではないか」(伊藤店長)

博報堂のブランドデザイン若者研究所のリーダー、原田曜平さんは若い世代のレコードブームについて「音の良さだけでなく、まったく新しいモノとして、回っている実感や格好良さから刺激を受けている」と分析する。

記者のつぶやき

音楽の原点 より近く


 歌を歌い楽器を弾く。かつて音楽はすべてライブだった。日本で初めて蓄音機を販売したのが1910年。レコードプレーヤーが一般家庭で当たり前になったのは60年代のことだ。記録した音楽を再生して聴くようになってから、たかだか100年しかたっていない。
 針が揺れて信号になり、信号をスピーカーが振動に変えて空気に伝え我々の鼓膜を揺らす。それがライブに近いアナログの世界だ。音源は配信が主流になったが、ライブの動員が増えている。音楽の原点が揺れだとすると、ライブ会場で体を揺らしながら、生の音に酔う人が増えるのは自然なことかもしれない。
(大久保潤)

[日経プラスワン2016年7月9日付]

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