春秋

2016/7/3 3:30
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先月末、雨のそぼふる中、熊本城を歩いた。出迎えてくれた清正の像のすぐ裏手で、櫓(やぐら)が乗る石垣が掘り崩されたようにえぐれている。長塀(ながべい)が終わって北へ坂を上ると、熊本大神宮の倒壊した社殿が目に飛び込んだ。巨石が直撃したらしい。後片付けも進んではいない。

▼城の一角、加藤神社には恒例の「茅(ち)の輪くぐり」の据え付けがされて、日常が少し戻っていた。しかし、境内から間近の天守閣は瓦やしゃちほこが落ちたままだ。他にも、石垣の縦1列が辛くも支える五層の建物もあり、息をのむ。年177万人という観光客の姿もまれで、あたかも明け渡されたかのような雰囲気だった。

▼一方、ある感慨も湧いた。「城の現状や復旧の過程こそ、多くの人々に見てもらう価値があるのでは」。社会と災害、文化財の管理とその財源、歴史的シンボルの役割など、多様な論点を探るヒントを与えてくれるはずだ。復興への有識者会議も「人類の遺産である城の修復プロセスを公開し観光資源に」と提言している。

▼被災のお見舞いに訪ねた熊本市の評論家、渡辺京二さんが強調した。「地殻が常に動く惑星で、自然による破壊に周期的に脅かされるのは宿命。人はそこに虚無や恐怖、畏敬を覚えてきたが、降参はしなかった」。文明の歯車は回し続けねばならない。これからも。新たな城郭が空に映える姿を必ずや私たちは見るだろう。

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