富士フイルム、被害をITで迅速共有 熊本地震と企業(3)
人手の安否確認には時間

2016/6/12付
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半導体やパネルの関連産業が集積する九州はシリコンアイランドと呼ばれる。その中でも熊本県は液晶パネルの画質を良くするのに欠かせない富士フイルムの偏光板保護フィルムやソニーの画像センサーなど大型工場が立地する。激しい揺れは精密な加工が求められる生産現場を直撃したが、想定よりも早く通常の操業を取り戻しつつある。

4月16日未明。富士フイルム生産子会社、富士フイルム九州(熊本県菊陽町)の鈴木直明社長はドンと突き上げるような揺れに襲われた。自宅から徒歩10分の工場に駆けつけると、14日の前震を受けて災害対策本部にしていたプレハブの窓ガラスが割れ、棚から落ちた書類が散乱していた。

工場では約50人が深夜勤務に就いていた。停電した建屋の中から自家発電の明かりを頼りに社員が避難してくる。「天井に穴が開いた」「照明が落ちた」。社員が口々に語る建屋内の様子を、鈴木社長は東日本大震災を機に整えた情報共有システムにタブレット端末で書き込んでいった。

同じ時刻の東京。地震発生直後から総務担当者の携帯や自宅の電話が鳴り響いた。電話を取るまで鳴り続けるシステムでとび起きた担当者は、その足で本社へ。現場がシステムに打ち込む被害情報を見て、地震発生から4時間半後の午前6時には建設会社に建物の安全確認を依頼した。

建設会社の従業員による安全確認は昼前に完了。建屋内部の確認を始めた。内壁のはがれや一部で蒸気漏れが確認されたものの化学薬品は漏れていない。鎌田光郎安全環境統括部長は「すぐに復旧作業に取り組める」と胸をなで下ろした。

熊本工場の在庫で出荷を再開したのは19日だった。溶剤や蒸気のパイプを点検し、クリーンルームの掃除を終えて30日に生産再開にこぎ着けた。5月9日には震災後に生産した製品を出荷した。

当日の対応を振り返ると、IT(情報技術)での情報共有が初動を圧倒的に迅速にした。情報伝達を電話に頼り、時間をロスした東日本大震災の教訓が生きた。「考え得る最速で立ち上がった」(鈴木社長)。一方で全工場員の安否確認には3時間かかった。システムは整えても個人の入力が必要な部分では思うように進まない面もあった。

ソニーの熊本工場(熊本県菊陽町)は震源地が近く、揺れの大きさが熊本市内の他社の工場に比べ2倍程度だったとの証言がある。半導体に回路を形成する微細な工程を揺れが襲い、有毒ガスが発生する恐れからクリーンルームにも入れない。安全確認の終了は4月末までずれ込んだ。

同業他社は生産再開に「3カ月かかる」と見たが意外なほど早かった。5月9日に製品検査ラインが動き始め、回路の形成工程も同21日に再開した。平井一夫社長が2度にわたり熊本入りするなど全社をあげた復旧作業が奏功し、クリーンルーム内の被害も思ったほどひどくなかったためだ。

ただ「震源地の近さと余震が続いたことは想定外だった」(吉田憲一郎副社長)と本音も漏れる。「九州は地震が少ない」という思い込みはなかったか。全ての製造業の工場が問われている。

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