2019年9月16日(月)

春秋

2016/5/19 3:30
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70年前のきょう、およそ25万の人たちが皇居前の広場を埋めた。「飯米獲得人民大会」と銘打った集会。読んで字のごとく「コメをよこせ」と訴えるデモだった。一般に「食糧メーデー」の呼び名で知られる。背景にあったのはいうまでもなく、当時の深刻な食糧難だ。

▼「あのころはひもじかった」。こんな言葉を先輩たちから聞かされたのは、一度や二度ではない。1925年生まれの中村隆英さんは「昭和史」という本で「日本人の生活がもっとも苦しかった」時期かもしれない、と振り返っている。「人民大会」を伝えた翌日の本紙は「たれに訴へんこの餓(ひも)じさ」との見出しを掲げた。

▼長く続いた戦争にともなって農業への投資がなおざりにされ、食糧の生産力が衰えていた。そこに敗戦後、海外から旧日本軍の兵士たちが復員し始めた。間の悪いことに水害も加わり、46年は100万トン近く食糧が不足するとみられていた。100万を超える人が飢え死にしかねない。そんな恐ろしい予測もあったらしい。

▼さいわい、餓死が相次ぐようなことはなく、10年もしないうちに日本経済はめざましい発展の軌道に乗った。いまでは、食糧の増産ではなく出生率の向上こそが、国民的な課題となっている。70年の間にこの国がたどった変化の大きさに、いまさらながら目を見張らされる。同時に、食べるのに困らない日々を感謝したい。

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