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春秋

作家でジャーナリストで名編集者でもあった国木田独歩は、酒や食べ物にも並々ならぬ執着を持っていた。36歳での死を前にした明治41年のいまごろの季節のこと、入院先を訪ねてきた真山青果に人生観など語りつつ、好物をあれこれ挙げて食談議に花を咲かせている。

▼のちに「病牀(びょうしょう)録」と題して出版されたこの口述によれば、なかでも旬のカツオは別格の扱いだ。「刺身は鰹魚(かつお)を最上味とす。鮪(まぐろ)を説き鯛(たい)を云う者あれども余は与みせず」。なかなかの断定ぶりだから、この明治の文人も初物にこだわった江戸っ子の気風を受け継いでいたに違いない。たしかに5月のカツオは魅力的である。

▼それなのに近年は太平洋沿岸での水揚げがずいぶん減っている。1980年代に40万トン以上あった漁獲が最近は半分ほど。今年も店頭では入荷が少なく、値が高く、型は小さい三重苦だそうだ。ほかの水産資源と同じく乱獲がたたっているらしく、北上してくる前に赤道のあたりで各国の漁船がごっそり取っていくという。

▼いまや世界がカツオを知ってしまったのだろう。ここはあの味を末永く楽しめるよう、国際的なルール作りに取り組むのが日本の務めというものだ。「初夏新緑の候、榻(こしかけ)を樹下に据えて十片の刺身、一壺(いっこ)の酒に酔う、その楽王侯にまさる」と独歩はたたえた。10片を5片に減らしてでも、王侯気分はみなで分かち合いたい。

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