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「コーヒーが冷めないうちに」川口俊和著 忘れ得ぬ過去と向き合う

NIKKEI STYLE

古い小さな喫茶店の奥の席に座ると、過去の日に戻ることができる――。不思議な噂が立つ店を訪れた女性たちの物語「コーヒーが冷めないうちに」(サンマーク出版)が、それこそ冷めない人気を見せている。昨年12月の刊行から4カ月あまりで20刷10万部。後悔してもしきれない過去とどう向き合えばいいのか。小説が投げかける問いに、多くの読者が反応したようだ。

とある街の喫茶店「フニクリフニクラ」が小説の舞台だ。店の片隅のテーブル席に座ると、前に置かれたコーヒーが冷めるまでの間、望んだ過去のある時点に戻れる。ただし、どんなに努力しても現実を変えることはできない。

過去に戻ろうと席に座った女性はみな、大切な人との「別れ」を経験していた。愛情を言葉で伝えられず、結婚を考えていた男性が海外に去ってしまった女性。若年性認知症の夫に自分の存在を忘れられた妻。現実を変えられないことは承知の上で、それでも過去に戻って愛する人と話してみたいというひたむきさが、小さな奇跡を引き起こす。

著者は脚本家。本書も元は同名の舞台の脚本だ。2011年に友人の誘いでたまたま公演を見た編集担当の池田るり子氏が「ぜひ小説にして読みたい」と直感。公演終了後、その場で川口氏に小説化を提案した。会話部分は脚本のセリフを参考に、心理や情景描写は舞台の演出を参考にして執筆を進め、足かけ4年でまとめ上げた。

宮城県仙台市や石巻市など、まずは東北の書店で注目された。「東日本大震災を経験した人々に『あの日に戻らせてください』というメッセージが響いたのかもしれない」(池田氏)。人生の山も谷もある程度経験した40~50歳代が主な読者層という。

版元のサンマーク出版は世界的ベストセラーになった「人生がときめく片づけの魔法」など実用書や自己啓発書が主で、文芸のイメージは薄い。編集、広告、営業などの担当者がチームを作ってPR戦略を練り、こうしたハンディを克服しようとした。刊行前にはチーム一丸でカフェのメニュー看板風の店頭販促(POP)800枚を手作り。「平積み台の目立つ場所に並べてくれる書店が増えた」(マーケティング担当の新井俊晴氏)という。

(郷)

[日本経済新聞夕刊2016年4月27日付]

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