2019年2月19日(火)

気象庁の敗北宣言 震度7、連鎖の衝撃(1)
ルポ迫真

2016/5/10 3:30
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4月16日午前1時半。中央省庁の危機管理担当者らが入居する東京都心の宿舎で休んでいた気象庁地震津波監視課長の青木元(51)は、緊急参集を告げる携帯電話のけたたましいアラーム音で跳び起きた。

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14日夜、熊本県で最大震度7を観測したマグニチュード(M)6.5の地震に不眠不休で対応し、ようやく帰宅したばかりだった。

「過去の経験則に当てはまらない地震」に、青木課長は「分からない」と繰り返した(4月16日未明、気象庁)

「過去の経験則に当てはまらない地震」に、青木課長は「分からない」と繰り返した(4月16日未明、気象庁)

緊急参集の理由は、同じ熊本県で発生したM7.3の大地震だった。エネルギーは14日夜の地震の約16倍。「まさか……」。大急ぎで着替え、気象庁に急行した。

24時間体制で地震や火山を監視する2階の現業室には続々と職員が駆けつけ、分析や資料作成に取りかかった。その間にも、地震発生を告げる「地震処理、起動」という自動音声が頻繁に響く。

14日のM6.5の地震について気象庁は当初、最大規模の本震後に余震が続き、収束していく一般的な「本震―余震型」と考えていた。同庁が余震確率算出に使うマニュアルには「(最初の地震が)M6.4以上なら本震とみる」とある。過去の内陸直下型地震のデータでは、その規模の発生後にそれ以上の地震が起きたことはないからだ。

16日午前3時40分に気象庁1階で始まった記者会見。「本地震が本震、14日からの地震群は前震と考えられる」。紺色の防災服姿の青木が説明を始めた。地震活動は熊本地方だけでなく阿蘇地方、大分県にも広がっていた。これだけの広範囲で同時に地震が活発化するのも前例がない。

「本震を予測できなかったのか」「今後の見通しは」などの矢継ぎ早の質問に、ふだんは笑みを絶やさない青木も険しい表情で「予想はできない」「分からない」などと繰り返すしかなかった。

同じ頃、2度目の震度7に見舞われた熊本県益城町などでは多数の住民が倒壊家屋の下敷きになっていた。14日の揺れで半壊した同町内の自宅に戻っていた男性(84)も妻とともに下敷きに。妻は救出されたが、男性は帰らぬ人となった。

16日夕に避難先から同町に戻った理髪店経営の松岡和幸(57)は、無残に倒壊した自宅兼店舗に絶句した。自宅には父、作松(81)が1人で残っていた。「じいちゃん!」と叫ぶと、自力ではい出した父は放心した様子で近くに座っていた。

「最初より規模の大きい地震が来るなんて、誰も思っていなかった」と松岡は振り返る。地震による直接的な死者は14日の前震の9人に対し、本震では40人に上った。

「過去の経験則に当てはまらない地震」(青木)がはっきりした今、気象庁の口は重い。本震発生前、同庁は「震度6弱以上の余震が起こる可能性は今後3日で20%」と予測したが、その後、熊本地震を巡る余震発生確率は一切公表していない。

気象庁は東日本大震災で、津波の高さの予想が甘かったなどとして批判された。同庁地震予知情報課長の橋本徹夫(56)は「東日本大震災以来、『想定外』がないよう構えてきた。ただ、今の地震学は物理の法則で全て説明がつかず、過去のデータに頼らざるをえない。そこはジレンマでもある」と悔しげに話す。

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気象庁は過去100年以上の膨大な地震データを蓄積しているが、千年、万年単位で動く断層や地震活動に比べれば「たった100年。あまりに少ない」(地震情報企画官の中村浩二、50)。

政府の地震調査委員会委員長で東大地震研究所教授の平田直(61)も「現在の地震学では前震から本震を予測することはできない」と話す。阪神大震災後、地震のリスクを社会に知らせなかったとの批判を受けて発足した同委員会。大地震が起きる度に、その存在意義を問う声さえ上がる。

被災地では今なお1万2千人超が避難生活を続ける。5月6日、青木は取材に「本当は被災者が安心できるような情報を出せればいいが、慎重に考えざるを得ない。今の状態で『安心して帰れます』とは言えない」と無念さをにじませた。震度1以上の地震は1300回を超え、「活発な状態」という気象庁の説明に変わりはない。

(敬称略)

東日本大震災を教訓に強化されたはずの日本の地震防災が、再び「想定外」の事態に直面した。防災を担う関係者の衝撃は大きい。その実相から今後の課題を探る。

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