春秋
事件や裁判の記事を書く参考になればと思い、検視の本を捜査関係者に借りて読んだことがある。遺体の状態や傷の様子から、死因や殺害の方法などを見極めるためのものだ。ところがカラー写真を使った解説に堪えられなくなり、半分も見ないうちに閉じてしまった。
▼忘れていたその本の記憶が、おととい福島地裁であった判決のニュースを聞いてよみがえった。裁判員に選ばれた女性が、遺体の写真を見たり、被害者が助けを求める119番の録音を聞いたりして急性ストレス障害になり、損害賠償を求めていた裁判である。判決は「裁判員を務めたことで心に傷を負った」と認定した。
▼残虐な犯罪とは縁のない市民が、生々しい犯行の証拠を見聞きして受ける衝撃の大きさは想像に難くない。その後、各地の裁判所では写真を白黒やイラストに代えるなどの試みがなされている。だがその一方で、被害の実態をありのままに見てもらわなければ殺意の強さや犯行の残忍さが伝わらない、といった問題もある。
▼検視本の写真はしばらく頭から離れず、ふとしたときに思い出しては気が滅入(めい)った。それでも写真を見たことで理不尽な犯罪への憤りが強まり、社会の安全についてより考えるようになったとも思う。裁判員裁判が抱える二律背反の難問をただちに解決できる方策はないが、よりよい制度に向けて、工夫を重ねるしかない。