〈肖像〉文化考 平瀬礼太著 イメージに翻弄された近代日本

2014/9/30付
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 本書で論じられる「肖像」は、いわゆる「芸術」に特化されたものではない。メディアを軽々と横断するようにして立ち現れてくる人間の似姿、写真であり、絵画であり、似顔絵であり、ある場合には前近代的な身代わりの「よりしろ(依り代)」でさえある「イメージ」を意味する。「よりしろ」としての肖像には呪いがかけられるとともに、「死者」の弔いや、取り残された人々の慰みや癒やしにもなる。

(春秋社・2300円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)
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(春秋社・2300円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 著者は最後に、本書全体の意図を、こうまとめている。人間は、自らに似せた「像(イメージ)」を多種多様な形で用いてきた。様々な角度から「肖像」を検討することで、「イメージを増殖させ、氾濫させていく中で、イメージに逆に翻弄され、混乱して自制できなくなるような状況が生まれてしまうという、極めて人間的であり、かつすぐれて近代的な様相を、具体的に捉え出したかった」と。

 「イメージ」だからこそ、人間はそれを守ることに命をかける。もしくは、命をかけて「イメージ」を造型しようとする。第1章で論じられる天皇の「御真影」の問題、第2章で論じられる戦争や戦死者たちの問題である。さらには、誕生や成長や死という人生の画期を、あるいはその際に行われる呪詛(じゅそ)や祝福を、人間は「イメージ」として定着させようとする。第3章で論じられる敵を模倣して攻撃される戯れ絵、藁(わら)人形の代わりに用いられる写真、死者となった人々の未来の結婚を描いて奉納される「ムカサリ絵馬」等々の問題である。

 人間は肖像を描くことを通して想像を現実化させ、その仕上がりに一喜一憂する。第4章で論じられる「写実とは何か」という問題である。肖像とは、「それぞれが戦争や死、結婚、権威など人間の基本的な営みに深く結びついているものばかり」なのである。人間は、いつまでも「像」と現実の区別がつけられない前近代的かつ呪術的な世界を抜け出すことができない動物であると同時に、そういった状況を近代的なイメージ増幅装置によって極限にまで拡大してしまったのだ。最終の第5章で提起される問題であるとともに、肖像をめぐって論じられてきた過去の課題が、現在の課題と接合される瞬間でもある。

 本書を通じて肖像をめぐる貴重な事例の数々を知ることができる。しかしながら、ややもすると事例の列挙だけで終わってしまう場合もある。作者自身が敢(あ)えてそうしなかった、死と肖像、あるいは人間とイメージという原理的な主題をもう少し深めてもらいたかったとも思う。

(文芸評論家 安藤 礼二)

[日本経済新聞朝刊2014年9月28日付]

〈肖像〉文化考

著者:平瀬 礼太
出版:春秋社
価格:2,484円(税込み)

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