エヴリシング・フロウズ 津村記久子著 危機越える中学生の知恵と勇気

2014/9/29付
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中学生男子、といえば、いつの間にか纏(まと)わりついた固定観念がある。「中2病」という隠語が浸透し、自意識にとらわれた青臭さや不安定さが揶揄(やゆ)されがちである。中学3年生のヒロシが主人公のこの本も、そんなネガティブな印象を基本に置いて読み始めたのだが、その1年を追ううち、次第に固定観念は払拭され、中学生たち面白いじゃないか、と思いながら純粋に応援している自分がいた。

(文芸春秋・1600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(文芸春秋・1600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

応援、といっても、スポーツ少年に勝利へのエールを送るような単純なものではない。ヒロシは部活はやっていないし、勉強も得意ではないし、ルックスも今一つでモテない。でも、だんだんとその心にひかれていき、最後にはすっかり好きになっていた。ヒロシとかけがえのない友達になる、寡黙な自転車マニアのヤザワや、体育会系の女子たちなど、どこか風変わりな要素を持つ周りの中学生たちも、それぞれにふさわしい光を放ちはじめる。

作者の津村は、働く女性たちの心理を絶妙かつ繊細に描いて、その日常を追体験させてくれたが、中学生の心理描写も又絶妙で、その個性の底にある、10代特有の真摯な心根に打たれた。

普通の中学生の日常を淡々と、そしてリアルに描いた小説として、最初はほのぼの読み進めていたのだが、しばらくすると様々な痛切な出来事が次々に起り、ハラハラする。特筆すべきは、彼らが陥る様々な危機的状況から、大人に頼ることなく(時には彼らの苦しみは大人からもたらされる)、彼ら自身の力で切り抜けていく痛快さである。事件の刺激によって、本来持っている美質を引き出し合い、なけなしの知恵と勇気を振り絞って対処していく。といっても、固い友情で結ばれた信念からそれらを発揮するのではなく、巻き込まれちゃって半ば仕方なく、という気持ちから始まるところが、なんだかよかった。

舞台は、海に面した工場を抱える大阪の街である。実在するチェーン店等を背景に、徒歩で、あるいは自転車で、彼らは町を駆け抜けていく。地元の公立中学に通う彼らにとって、世界は橋の上から見渡せる自分の町に留(とど)まっている。そこから各々(おのおの)新しい世界へ出発するための、最後の浮標する期間が中学3年生なのだ。

親の離婚や再婚、ネットによるいじめの拡散など、現代的な問題が多重に絡まりつつも、暗くなりすぎることなく、全体に流れる命への肯定的な視線に胸が温まる。暗い印象の強い自分の思春期も、少しだけ明るく塗りかえられた気がした。

(歌人 東 直子)

[日本経済新聞朝刊2014年9月28日付]

エヴリシング・フロウズ

著者:津村 記久子
出版:文藝春秋
価格:1,728円(税込み)

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