2019年2月19日(火)

乳しぼり娘とゴミの丘のおとぎ噺 ラティフェ・テキン著 文明から放逐された人々の魅惑

2014/9/23付
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かつて、世界は驚異に満ちていた。自然は人間をいたぶると同時に思いもよらない恵みを齎(もたら)し、人間は互いに何の関係もない二つのものを魔術的思考によって結び付けて操作を試み、社会は小さく、そこに生きる人々は現代では想像もできないような濃厚な関係を生き、物語として語り継いだ。その痕跡は神話やおとぎ話の中に生きている――と、そうした歴史以前の過去を生きたことのない現代の人間は想像する。幸か不幸か、様々な物質的豊かさと、積み重ねられ体系化された知識が、そうした遥(はる)かな過去と現代の人間を切り離している。半ば懐かしみ憧れ、半ばはほっとしつつ、神話の時代、おとぎ話の時代はとうに過ぎ去って二度と帰って来ないだろう――と、今日の大部分の人間は考える。

(宮下遼訳、河出書房新社・2000円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(宮下遼訳、河出書房新社・2000円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

ところで、現代の体系化された知識を身に付けるだけの物質的な豊かさからはじき出され、現代に生きながら到底現代とは言えないような生を送らざるを得ない人々にとって、世界はどのように見え、それを語ったらどのような形になるだろう。「乳しぼり娘とゴミの丘のおとぎ噺(ばなし)」はそうした試みだ。

都市の近郊、工業団地の脇にある産廃場に、貧困によって現代文明から放逐されたような人々がやって来て住み着く。彼らは大自然の中に放り出されたように様々な廃棄物を使って家を建て、自然の恵みのように工業排水を使い、化学物質による中毒症状を呪いと考え、霊験あらたかな魔術師に縋(すが)り、市当局の立ち退きの試みと戦い、いかがわしい英雄たちを迎えては送り出し、極小の権力闘争に血道を上げ、工場に勤めに出れば職種ごとにまるでファンタジーのように巨人や小人の種族を形成し、ストライキを祭として楽しむ。

彼らに教育を与えようと外からやって来る教師や、微妙に異なる文化で住民との摩擦を引き起こしつつ、いつしか受け入れられるロマたちは、まさに民話的なマレビトの姿を帯びる。愚かと言えばこれほど愚かな話はなく、読みながら頭を抱えることもしばしばだ。それでいながらまさに民話にしかないようなカラフルな魅惑がそこにはある。貧困観光? 見たこともないくらい追いつめられた人々のあり方を安全圏から楽しむという意味では、そう言えるだろう。ただ、そこにあるエミール・クストリッツァの映画ばりの濃厚な生命力は魅力は否み難い。

ある意味、やった者勝ちのアイデアの勝利と言える作品だが、こういう「味」を好む人にはお勧めできる。

(作家 佐藤 亜紀)

[日本経済新聞朝刊2014年9月21日付]

乳しぼり娘とゴミの丘のおとぎ噺

著者:ラティフェ テキン
出版:河出書房新社
価格:2,160円(税込み)

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