昭和陸軍秘録 西浦進著 苦衷あふれる元軍事官僚の証言

2014/9/22付
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どうしてこんな本を出版したのだろう。本書を手にしたとき、最初にそう感じたことは否めない。もちろん本書に出版の意味がないというわけではない。非売品のタイプ印刷で刊行された本書の原版は、これまでも日本近現代史の専門家の間で高く評価されてきた。かつてそれを読んだ私もその価値を認めることでは人後に落ちないつもりだが、あまりに専門的で一般の読者には向かないのではないだろうか、と余計な心配をしてしまった。だが、今回読み直してみて、印象が変わった。研究者以外の多くの人々にとっても、本書は大きな関心と深い共感を呼ぶ豊かな内容を持っている、と納得したからである。

(日本経済新聞出版社・3600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(日本経済新聞出版社・3600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

本書は、戦前に陸軍省の中枢である軍事課に長年勤務した軍人のオーラル・ヒストリーである。有能な軍事官僚であった彼の語りから、組織人としての生き様がストレートに伝わってくる。望んでもいない、というよりも本気で考えてさえいなかったアメリカとの戦争にのめり込んでいったとき、合理的精神を有するすぐれた組織人たちは、なぜその動きを止められなかったのか、反転できなかったのか。本書の証言は、現代の組織人たちにも身につまされる経験や苦衷を数多く含んでいる。

歴史研究では、当時当たり前であったことが今ではよく分からないというケースが少なくない。あまりに当たり前すぎて、記録に残っていないからである。戦前の陸軍の官僚組織についても同じことが言える。だが本書では、粒ぞろいの質問者が、陸軍組織内部の慣例や運営など、現在では知りえない基本的で大事な事柄をうまく引き出してくれている。その点で本書は、特定の問題や事件についての証言だけでなく、陸軍に関する基礎的事項についても貴重な情報を提供する。近現代の軍事史・政治史研究にとって、第一級の資料と言うことができよう。

オーラル・ヒストリーでは、本人の語り口を通して、その人柄もにじみ出てくる。独特の言い回しで語られる、陸軍内部の派閥抗争の実情、予算や機密費に関する経験談、東條英機を含む陸軍指導者の実像と人物評、スペイン内乱の実見談など、逸話をまじえた証言は興味が尽きない。

おそらくこのオーラル・ヒストリーをベースにして書かれたと思われる回想録(『昭和戦争史の証言』日経ビジネス人文庫)を併読すれば、本書の理解にも大いに役立つだろう。本書の価値も、よりはっきりと確信できるに違いない。

(帝京大学教授 戸部 良一)

[日本経済新聞朝刊2014年9月21日付]

昭和陸軍秘録 軍務局軍事課長の幻の証言

著者:西浦 進
出版:日本経済新聞出版社
価格:3,888円(税込み)

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