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春秋

ドストエフスキーは極限の体験をしている。反政府運動に加わったかどで投獄。死刑宣告を受け、冬の練兵場に引き出される。刑場の光の中に浮かぶ家族や友人の顔。押し寄せる恐怖と怒り。救いのなさは計り知れない。銃殺寸前、恩赦が伝えられシベリア流刑となる。

▼十数年後、世界的作家となり「罪と罰」「カラマーゾフの兄弟」などの作品を生む。人間の本質に迫る表現の背後に、極限体験があるともいわれる。先日亡くなった哲学者の木田元さんは若き日に耽読(たんどく)し、「主要な登場人物がみな絶望している」と思った。「深く絶望していた」自分を同じ年ごろの主人公と重ねたという。

▼広島の海軍兵学校で終戦。17歳で路上生活者に。闇商売で食いつなぎ、やっと農業の学校に入っても先が見えない。どうすれば不安と絶望から逃れられるか。小説でも救われず悩んでいたとき、独哲学者ハイデガーの「存在と時間」を知る。原書を読めば、生きる道筋が見える。その一心で独学し、東北大学哲学科に入る。

▼絶望は追い払えなかったが、天職は探し当てた。ハイデガー研究の第一人者となり、膨大な業績が残った。本紙「私の履歴書」に「本当にやりたいことを見つけて一途(いちず)にそれを追求していれば、なんとか道は開ける」と書いた。後ろを振り返らずに進むうちに、望みのない人生がいつしか、「面白い人生」に変わっていた。

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