たまもの 小池昌代著 闇の美に誘う現代のおとぎ話

2014/8/18付
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40歳の時、突然訪ねてきた幼なじみの男性から、彼が付き合っていた女性との間の子を預けられた「わたし」。子供の母親は産後すぐ交通事故で亡くなったと男は語る。言われるがまま子供を預かったわたしは、以来10年、山尾という名の男児を自分の子として育ててきたが……。

(講談社・1700円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(講談社・1700円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

自分を生かすために生きていたわたしが、山尾を預かってからはすべてを山尾優先に変える。定時で帰れるよう契約社員として工場でラインにつき、家に帰って山尾とともに食事し、話を聞き、眠る。そのさまは、未婚女性が他人の子供を見て知った、幼い人間に対する普遍的な愛としての母性愛を描いていると言えるだろう。実際、少子化、非婚化の現在、彼女のように他人の子を育てるという選択肢がもっと考えられていいはずだ。と、そんな現実的な興味で読み始めたが、途中で、少し違う話らしいと分かってきた。

「山尾」という名が暗示するとおり、現代の東京を舞台とするはずの二人の暮らしぶりには、なぜか百人一首の時代の、京都か奈良の山中で起きている、おとぎ話のような趣がただよう。赤ん坊の山尾を見た瞬間、魅入られたように人生全体を彼の養育のために捧(ささ)げる、千年前なら媼(おうな)と呼ばれる年齢のわたしと、赤ん坊のころから妙にろうたけ、元気な少年であると同時に、闇に紛れ込んで消えそうな雰囲気も持っている山尾の物語は、翁を女性、姫を男性として語り直された現代版「竹取物語」とも受け取れる。

昼の世界に属しながら、月の光を浴びた竹林に似たあやしさを放つ二人の暮らし。その背後には常に、死の世界で息子を待つ山尾の母親の面影があるかのようだ。時折家の外で男たちと関係を持つわたしだが、彼らもどこかほの暗い。わたしのまわりには、体の半分を死の世界に預けたような人間ばかりが集まり、闇を吐き出しては去っていく。おそらく日本の美の半分以上は、その闇の側の世界に由来するのだろう。彼らが背負う闇の世界と昼の世界をつなぐ、何かの回路のように、わたしは生きている。山尾は、そんなわたしに闇の世界が遣わした、美しい「たまもの」なのだ。

思春期に近づく山尾と、それを見つめるわたし。彼女が一緒に暮らし育てた子供は、闇の世界にいつかは帰る、一種の「もののけ」なのかもしれない。何かの足音を感じながら、積もる雪のように淡々と日常を重ねる。闇の重力にひかれながら、昼の世界を生きる。二人の不思議な関係が、ほの暗い美の世界へと読者を誘う一冊だ。

(文芸評論家 田中 弥生)

[日本経済新聞朝刊2014年8月17日付]

たまもの

著者:小池 昌代
出版:講談社
価格:1,836円(税込み)

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