2019年3月26日(火)

春秋

2014/7/15付
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日付は無数の光景でできている。生まれてから経験した様々な出来事。初めて見た風景。世界中で日々、起きている誕生や死。慶事や惨事。ふだんは忘れている数字を眺め直すと、音や光と一緒に歓(よろこ)びや悲しみも蘇(よみがえ)る。そこには人間の記憶と生きた証しが凝縮している。

▼かつて訪れたフランクフルト現代美術館。年月日だけを大きく描いた画布と紙箱がセットの作品をみて驚いたことがある。紙箱には弊紙の切り抜きが貼ってあった。同僚が書いた航空機墜落の関連記事。蝶(ちょう)の標本のようだった。同様に世界の事故、事件の日付と記事が並ぶ。世界的に評価の高い河原温氏の「日付絵画」だ。

▼81歳で亡くなっていたことが先週末、明らかになった。1965年ごろからニューヨークを拠点に制作を続けていた。普通の絵と違い、文字や記号で表現する概念芸術の第一人者。対象をどんどん消して数字のみを描く手法にたどりつく。私生活も消し去って「自分の不在」(宇佐美圭司「20世紀美術」)を表現していた。

▼数字だけだと難解かもしれない。だが、日付が呼び覚ます様々な情景には豊かな広がりがある。どんな時代か見当もつく。悠久の時の中で今日は一日しかない。古代ローマの詩人は「この日をつかめ」と言った。謎の芸術家は世界と時間をとらえる斬新な技法を教えてくれた。存命なら、今月は何日を選んで描くだろうか。

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