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ラインズ ティム・インゴルド著

直線的に目的目指す文明を批判

本書は「散歩」を勧める。散歩とは、歩いて行く途中経過=プロセスを楽しむことに他ならない。著者は、散歩=プロセスの楽しみを、近現代の文明を批判するための要にしている。

近現代の文明は、プロセスを目的に従属させる。成果を出せという命令。成果を、しかも数字で出せという命令だ。数量的な「エビデンス」なくしては何事も筋を通せないという世の中の趨勢は、ますます激化している。とはいえ、もちろん、目的が一足飛びに実現することはありえない。生活の現実とは、昔も今も、プロセスを経ていくその途中である。

効率化の命令によってどれほど急(せ)かされるにせよ、プロセスを通し、思考や感受を熟させていくのでなければ、当然ながら何事も成立しない。一足飛びの「直線」は生活の現実には存在しない。現実的なのは、多様に具体的なる途中であり、まさしく「散歩」の行程である。

駅からオフィスへ歩いて行くライン、誰かに向けた発話のライン、挨拶のために挙げられる腕のライン……本書はこのような色々なライン「ズ」の歴史を語るものだ。ラインズは、二方向の中間で揺らいでいる。すなわち、目的へ一足飛びであろうとする方向(直線性=近代性)と、目的から逸脱する戯れの方向との中間である。言い換えれば、線を消してテレポートすることを願う方向と、線の具体性を玩味する方向――私たちは双方に引っ張られて、線描(つまり、生活のあらゆる営為)の速度を、微妙に調整している。

本書は、概して言えば、途中=ラインの連続的な変容への賛歌であり、不連続な点から点への「連結」のシステム=近代性が、生活の豊かな細部を抹消していると考えているようだ。

こうした近代批判はいかにも典型的であるから、評者は半分は同意しつつ、違和感を覚えもする。最後の方で著者は、近代性=直線性がその無理を露呈した結果として、二〇世紀に見られる「断片化したライン」に少し言及する。近代の末路=「ポストモダニティ」に対しても著者の態度は、批判的であるように思われる。本書は、古き時代や非西欧への愛に偏っている観がある。けれども、断片化したラインは「それまで閉じられていた通路を開く限り(……)積極的なものであると読むこともできる」という指摘も加えられている。そこで、評者としては、近現代の雑種化した文明のただなかで、半端に連続し中断される線に、もっと積極的な言葉を与えられないかと考えるのである。

(立命館大学准教授 千葉 雅也)

[日本経済新聞朝刊2014年7月13日付]

ラインズ 線の文化史

著者:ティム・インゴルド
出版:左右社
価格:2,970円(税込み)

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