2019年2月21日(木)

助け合いで安全保障を固める道へ

2014/7/2付
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大国の力関係が変わるとき、紛争を封じ込めてきた重しが外れ、世界の安定が揺らぎやすくなる。歴史が物語る教訓だ。いまの世界は、まさにそうだろう。平和を保つために日本は何ができるか。問い直すときにきている。

安倍政権は政府の憲法解釈を変え、禁じられてきた集団的自衛権の行使をできるようにした。戦後の日本の安全保障政策を、大きく転換する決定である。

衰える米国の警察力

一部からは「海外での戦争に日本が巻き込まれかねない」といった不安も聞かれる。しかし、日本、そしてアジアの安定を守り、戦争を防いでいくうえで、今回の決定は適切といえる。国際環境が大きく変わり、いまの体制では域内の秩序を保ちきれなくなっているからだ。

自国が攻撃されなければ、決して武力を行使しない。親しい国が攻撃され、助けを求めてきても応戦しない。日本は戦後、こんな路線を貫いてきた。

これで平和を享受できたのは、同盟国である米国が突出した経済力と軍事力を持ち「世界の警察」を任じてきたことが大きい。日本の役割は米軍に基地を提供し、後方支援をするにとどまっていた。

ところが、この仕組みは金属疲労を起こしている。中国や他の新興国が台頭し、米国の影響力が弱まるなか、米国だけでは世界の警察役を担いきれなくなっているからだ。

すでに経済ではこの変化は明白だ。世界の国内総生産(GDP)に占める主要7カ国(G7)の割合は、2000年の66%から13年には47%に落ちた。米国は日欧と組んでも、世界の経済運営を主導するのが難しい。

軍事力ではなお、米国の力がずぬけているが、中国の軍拡によって、東シナ海や南シナ海での米軍の絶対優位も崩れようとしている。米中の国防費が30年に逆転するとの予測もある。

米国の影響力の衰えを見計らったように、中国はアジアの海洋で強気な行動に出ている。北朝鮮が国連制裁を無視し、核やミサイルの開発を続けるのも、米国の威信の弱まりと無縁ではない。

だとすれば、米国の警察力が弱まった分だけ、他国がその役割を補い、平和を守るしかない。

米国の同盟国や友好国である日本や韓国、オーストラリア、インド、東南アジアなどの国々が手を携え、アジア太平洋に安全保障の協力網をつくる。この枠組みを足場に中国と向き合い、協調を探っていく――。

日本は米国と一緒にこんな構想を進め、他国と助け合い、平和を支える道を歩むときだ。そのためにも、集団的自衛権を使えるようにしておく必要がある。

世界では、サイバーやテロ組織による攻撃など、あっという間に国境を越える脅威も広がる。その意味でも、一国平和主義の発想は通用しなくなった。今回の決定はこうした流れに沿ったものだ。

だからといって、安倍政権の議論の運び方に問題がなかったわけではない。まず、集団的自衛権の行使を認める閣議決定を、ここまで急ぐべきだったのか疑問だ。

政府は行使の要件について「国民の生命、自由、幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」場合などと定めた。慎重派の公明党との妥協を急ぐあまり、「過度に、制約が多い内容になってしまった」との批判がある。

行使基準もっと熟議を

さらに、実際の行使に当たり、「何を、どこまで認めるのか」といった事例ごとの議論は、ほとんど深まらなかった。これでは有権者の理解を得られないばかりか、不安が広がりかねない。公明党が難色を示し、先送りされた国連の集団安全保障への対応についても、検討を急ぐべきだ。

政府・与党は近く、行使の具体的な基準や歯止めを定める法律の整備にとりかかる。肝心なのは細部だ。抽象論ではなく具体的な事例を明示し、一般の有権者に分かるよう熟議を重ねてほしい。

この問題は10年、20年先の日本の行方も左右するテーマだ。政権が交代するたびに路線が変わるようなことは、あってはならない。与党は超党派の合意を得られるよう努力すべきだ。野党にも党利党略を離れた議論を求めたい。

そのうえで強調したいのは、他国との対立を外交力で解決することの大切さだ。集団的自衛権の行使に至らないようにする努力こそが肝心だ。日本と中韓との関係は対立が続いている。安倍政権は今こそ言葉だけでなく、緊張を和らげるための行動をとってほしい。

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