2019年2月16日(土)

中国メディアの現場は何を伝えようとしているか 柴静著 自由な報道のない国にみる本質

2014/6/25付
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中国中央テレビ局の看板女性キャスターが書き下ろし、中国で昨年出版されて大ベストセラーになった作品の翻訳である。

(鈴木将久ほか訳、平凡社・1800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(鈴木将久ほか訳、平凡社・1800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

第一章は著者が調査報道番組「新聞調査」に異動した初日から書き起こされる。その時、北京市では謎の伝染病、重症急性呼吸器症候群(SARS)の感染が広がりつつあった。着任の挨拶のためにプロデューサーへ掛けた電話で著者は開口一番「やらせてください」と述べた。

そして、なかなかはかどらない市当局への取材に業を煮やして直接、感染症病棟へと赴く。防護服に身を包んで単身、病室に入った著者は咳(せ)き込みながら苦しげに質問に答える患者の言葉を必死に聞き取る。その取材が突破口を開き、「新聞調査」はSARS禍の実情を北京市民に知らせる唯一のパイプ役を果たすことになる。

こうした果敢な取材姿勢から著者が看板キャスターの座に登りつめたのも当然だろうと納得するが、それはすぐに疑問へと転じる。中国の報道は政府の強い管理下にあり、いかにキャスターが勇猛であれ、自分の意志で自由に取材することなど不可能ではなかったか、と。

確かに国の番組審査機関と放送内容について交渉するシーンも登場し、言論報道の自由が全面的に担保されているわけでない事情が窺(うかが)える。だが報道すべきものを報道しようと格闘する著者の姿勢に当局の担当者が理解を示す様子も描かれ、中国にも自由なジャーナリズムが成立しつつある気配を感じる。

それだけではない。他にも麻薬中毒者や家庭内暴力の当事者たちへの取材経験などが綴(つづ)られるが、そこで著者は一つの真相を追い求めれば求めるほど世界の多様性を思い知らされ、多様性への寛容さを欠く社会の硬直こそが諸悪の根源になっている事情を痛感してゆく。その過程で得た思いが本書には真摯に記される。「寛容は道徳ではなく認識である。物事を深く認識しなければ、世界の複雑さを理解し思いやることはできない」

そんな内容に衝撃を覚えた。日本で著者と同じように看板キャスターを務める人物が、取材経験をこれほど深い知恵に結実させた例が果たしてあったか。日本のマスコミの寵児(ちょうじ)たちは、日々の仕事の中で文字通り忙殺されている。そこで「殺されて」いるのは、調べ、知り、感じ、考える、ジャーナリストの魂そのものではなかったか。

ジャーナリズム不在の国だったはずの中国からむしろジャーナリズムの本質を学び直す。今やそんな必要が生じているのかもしれない。

(恵泉女学園大学教授 武田 徹)

[日本経済新聞朝刊2014年6月22日付]

中国メディアの現場は何を伝えようとしているか: 女性キャスターの苦悩と挑戦

著者:柴 静
出版:平凡社
価格:1,944円(税込み)

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