2018年11月21日(水)

男ともだち 千早茜著 曖昧で不安定な心のありよう

2014/6/23付
保存
共有
印刷
その他

同棲(どうせい)中の男(彰人)のほかに、妻子ありの病院勤務医の愛人(真司)がいて、さらにもうひとり、大学時代のサークル仲間の一人で二つ年上の気の置けない男ともだち(長谷雄)がいる。そんな主人公の神名は、もうすぐ30歳を迎えようとしている。彼女は売り出し中のイラストレーター。大学時代から男に誘われればすぐに寝て、飽きるとすぐに捨てるという奔放な生活を送っていた。浮気をしても罪悪感を持てない彼女は、道徳を笑い飛ばせる長谷雄とだけは、セックスの関係なしで深い眠りを共有することができた。

(文芸春秋・1550円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(文芸春秋・1550円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

と、ここまで書いて奇妙な開放感。なにひとつ責任感や重圧感のなかった子供時代の○○君や××君との間にあった無邪気で親和性に満ちた日々を思い出してしまうのはどういうわけか。性別を意識しないピュアで奔放な時間が私にもあったのに、男と女に関する嘘くさい分別や、自分は傷つかない安全圏からの発言、無意識に生まれる好奇心に満ちた生臭い視線などをいつ、覚えてしまったのか。

「大人」=本文中にさりげなくはめこまれた「男と女が一緒にいて意識しないなんてのは嘘よ。偽善と欺瞞(ぎまん)のにおいがするわ」というゲイのアキラ君の一言は、「男ともだち」とはなんなのか、「男ともだち」ははたして女にとって本当に存在しうるのかどうかという問いかけに重要なヒントをくれそうだ。

また本書は、仲間同士のさりげない会話の中にじつにナイーブで気の利いた、同時に毒気のある「格言」がちりばめられていてはっとさせられる。たとえばこんな言葉。「戦争に行かなくてはならなくなったとき、連れて行くとしたら恋人でも、愛人でもなく男ともだち」。なぜなら「背中をまかせられる」から。また「誰もが確かな気持ちがあって人といるわけじゃない」という言葉にもついうなずいてしまう。人体の中で一番無防備な部分、背中。自分では守ることのできない場所をだれにまかせるのか。これは結構難問ではないだろうか。

また、「その人といるわけ」を問われて即答できる人が果たしてどれくらいいるだろう。なにもかもが曖昧で不安定な人間の心のありようが、本書の隅々からじんわりとしみ出して、思わず虚をつかれた気分になる。見た目は明るく気楽そうな友人同士の間に、どこにも合流できない男女の川がある。こんなに孤独で怖い世界を私たちは日々生きているのか。「男ともだち」ってなに? そんなもの本当にあるの? 本を閉じると、なにげなく今日も隣にいる「男ともだち」との間に、決して埋められない距離がある。

(作家 稲葉 真弓)

[日本経済新聞朝刊2014年6月22日付]

男ともだち

著者:千早 茜
出版:文藝春秋
価格:1,674円(税込み)

保存
共有
印刷
その他

関連キーワード

電子版トップ



[PR]

日本経済新聞社の関連サイト

日経IDの関連サイト

日本経済新聞 関連情報