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東京自叙伝 奥泉 光著

「地霊」が暴く近現代史の虚構

六章から構成されていて、各章にひとりずつ、計六人の主人公が登場する。最初の柿崎幸緒なる男は弘化二年、一八四五年の江戸の大火を五歳で記憶しており、最終章の郷原聖士は一九八二年生まれ。幕末維新から現代までの歴史が物語られ、戦争・事件・風俗・天変地異が走馬灯のように巡り描き出される。

(集英社・1800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

しかし各人物たちは、人格を有する一人の人間ではなく、各々(おのおの)の「私」は「東京の地霊」の輪廻(りんね)転生であり、幕末のサムライや、ノモンハン事件から敗戦までの陸軍士官や、戦後のヤクザ者であったりするが、猫やネズミにも変身したりする。つまり語り手たる「私」は、時空を超えてどこへでも憑依(ひょうい)し、自在に移動するのだ。バブル崩壊、地下鉄サリン事件、秋葉原の通り魔殺人、そして福島第一原発事故なども、この「地霊」であり、ネット時代の電脳空間を漂う「私」によって、内と外からの光景として描かれる。

荒唐無稽なまさに絵空事のように見えるが、「なるようにしかならぬ」を心情として、時代の混沌(カオス)を引き受け続ける、この東京(トーキョウ)という都市の地霊の語りは、何かぞっとするような不安と興奮を読者に与えるだろう。

《東京湾に夕暮れが迫り、浜風が吹き寄せるなか、瓦礫(がれき)の陰から赤く染まった空を見上げる一匹の鼠(ねずみ)、たとえばソンナものがいたとしたら、それは私です》との最後の一行は、三・一一の災厄(地震と原発)以降にわれわれの脳裡(のうり)から離れることのない、リアルな幻影である。東京五輪が経済効果をもたらし、平成の永い停滞から強靱(きょうじん)な国土へと生まれ変わる、という希望に、この奇妙な小説は冷水を浴びせようとしているわけではない。

作中を飛翔(ひしょう)する「私」は、人間の歴史が、史実として記されていること自体が、実は神話的なものであり、この国の近現代史と現在を語るコトバもまた虚構に過ぎないことを暴き出すのである。これは芥川賞受賞作「石の来歴」以来の作家の追究するテーマである。歴史は事実をありのまま描くべきで、小説が安易にロマン化すべきではないとの論争がかつてあったが、奥泉光はそもそも史実とは何か、と問うことから始める。「近代」というものが、「歴史」を客観的な事実として記述しうると信じ、一人の「私」という存在が確固たるものとしてあると信じていたとすれば、作家はそうした「近代」の信憑(しんぴょう)性を根底から突き崩す。この「歴史」小説はその意味で、われわれの近未来の虚無と消失へと向けられているのだ。

(文芸評論家 富岡 幸一郎)

[日本経済新聞朝刊2014年6月15日付]

東京自叙伝

著者:奥泉 光
出版:集英社
価格:1,944円(税込み)

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