赤い大公 ティモシー・スナイダー著 ウクライナ建国目指した貴族

2014/6/3付
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中世以来ヨーロッパで12の民族を支配下におさめ、800年間も権力の座を誇っていたハプスブルク家は、第一次世界大戦の終結した1918年11月11日、あえない最期を遂げる。さらに米国大統領ウィルソンの「民族自決」の提言に鼓舞された12の民族は、脆弱な民族国家的な共和国を創建する。

(池田年穂訳、慶応義塾大学出版会・4600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(池田年穂訳、慶応義塾大学出版会・4600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

それにしても、ハプスブルク一門の中で反抗的な分家であるシュテファン大公は、大戦前から、民族主義は不可避であるが帝国の崩壊は避けられると頑(かたく)なに信じていた。長男のアルブレヒトはポーランド・ハプスブルク家、三男のヴィルヘルムはウクライナ・ハプスブルク家を創始するために、伝統的なコスモポリタニズムを捨て、それぞれポーランド人、ウクライナ人になる。ヴィルヘルムが「風にしなる若木」として期待したウクライナ民族は、「歴史のない民族」といわれ、隣国のポーランド人から「農奴」と蔑視されていた。この2人の兄弟と「新しい祖国」は、20世紀の2回の大戦に翻弄され、最も悲惨な運命を甘受することになる。

「むかしむかし、マリア・クリスチーナという愛らしいお姫様がお城に住んでいました」といういささか童話的な書き出しで始まる本書の主人公は、お姫様の叔父のヴィルヘルム、ウクライナ語で「ヴァシル・ヴィシヴァニ」と名乗り、帝国内の最貧民族の自由と独立を支援する「赤い大公」であった。

ヴィルヘルムは、第一次世界大戦でハプスブルク陸軍将校として参戦し、ウクライナ陸軍兵士に国家建設を指導する。戦間期に、戦勝国が決定した国境線の修正を求める歴史修正主義者に同調し、ソ連の桎梏(しっこく)からウクライナ共和国救出のため、ナチスへ急接近するが、オーストリアの併合によりヒトラーから離反し、第二次世界大戦期に独・ソの情報を連合国陣営に提供する。戦後ウィーンでソ連軍に逮捕され、48年、キエフの獄舎で結核のために死去する。

確かに彼は政治的には左右に大きく振れたが、彼の基本的な軸は「ウクライナの建国」のための試行錯誤の結果だったのだ。

それから半世紀後の89年、共産主義体制下の各民族が再び自らの主権を主張し始める。そしてウクライナは、2004年、民主主義擁護のための「オレンジ革命」をEUの支援を受け成功させる。これで、「民族自決」に貢献したヴィルヘルムがウクライナの歴史に正当な位置を占めることができるのである。

(法政大学名誉教授 川成 洋)

[日本経済新聞朝刊2014年6月1日付]

赤い大公:ハプスブルク家と東欧の20世紀

著者:ティモシー・スナイダー
出版:慶應義塾大学出版会
価格:4,968円(税込み)

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